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第13話

子供たちがかくれんぼに興じる、昼下がりの礼拝堂で弟に犯される。 「よせ、どけ」 ステンドグラスから斜に注ぐ陽射しがこぢんまりした礼拝堂を清める。 耳に生々しく響く衣擦れと猛った息遣い、説教台の下の空間は二人が身を寄せ合って隠れるには狭すぎる。 「じらしてんのか?」 「そうじゃない」 「もう待ちくたびれたよ、これ以上生殺されたらどうかしちまうぜ」 「い、ァあ」 シャツを捲り上げ、荒々しく素肌を貪る性急な愛撫と眇めた目に焦燥がチラ付く。 「ンぁふぅッ」 乳首を甘噛みで引っ張られ、微電流の刺激が芯を貫く。 「せめて別の場所にしてくれ、十字架、神様の前で……ヴィクたちに聞かれてもいいのかよ、見損なったぞ絶交だ」 「御託はいい、ちゃんと感じることにだけ集中してろ」 「子供たちを巻き込むのは絶対だめだ」 「お固ェな、ちっとも変わんねェ」 「教会でヤるのも子供たちにバレるかもしれない状況でやるのもごめんだ、いい加減聞き分けないと、ぅあっ」 「教会が娼婦のガキに何してくれたよ、せいぜいボロのコートと絵本を恵んでくれた位じゃねェか。腐れ外道の老いぼれ神父が親切ごかして母さんにすりよったの忘れちまったか」 「お前は献金箱から賽銭くすねてたっけ」 「ガキん頃よくかくれんぼしたろ。ベンチの下に柱の後ろ、説教台の裏側……どこ隠れても鈍くせえからバレバレだ、コートの裾がはみ出してんだよぶあァーか、頭隠さず尻隠さずめ」 「蒸し返すな今、最ッ低だな」 教会で遊んだ子供の頃の思い出まで穢されるみたいで、どうしようもない悔しさと哀しさ、ひりひりする惨めさに涙ぐむ。 「もっと言ってやる、兄貴はマリア様に首ったけだったな、遊び疲れるたんび聖母子像の膝元で眠りこけてたっけ」 スワローの口元が美しく酷薄な弧を描く。 「そんなに母さんに似てた?」 見透かされてにわかに顔が火照る。 「ふざけるな!」 息と声を荒げて制すピジョンの首筋に噛み付く、強く吸い立てれば赤い痣ができる。 スワローの手がテカる香油を伸ばし広げ、ピジョンの肛門によく馴染ませていく。 「キレるってこたァ図星か、とんでもねえマザコンだな。母さんに似てっからぐっすりおねんねできたってか?」 教会に付き物のマリア像は、不思議とどれも母と通じる面影を宿していた。 教会でかくれんぼをするたびまだ幼いピジョンはマリア像の膝元によじのぼり、隠れているうちに寝てしまうのだった。 「……小さかったんだよ、しかたないだろ。優しい顔してたから……かくれんぼ、お前さがしにくるの遅いしそれで」 「キリストさしおいてマリアのお膝元で巣作りか。厚かましいな、バチあてられんのはどっちだ」 白磁から彫りだしたマリアに抱かれているとぐっすり眠ることができた。 |嬰児《みどりご》イエスを抱くマリア像は、ピジョンにとって最愛の母に面影を寄せた慈愛の象徴だった。 幼さ故の行動を恥じて俯くピジョンを鼻で笑い、そのアナルに指を出し入れするスワロー。 「香油でローション代用するな罰あたり!」 信じられない。 非常識な。 母さんが見たらどう思うか、先生にばれたら……子供たちに間違っても聞かれまいと声をひそめて怒鳴れど、スワローを受け入れ慣れたアナルは、香油のぬめりにぱく付いて指を根元まで咥え込む。 「っ……気持ち悪……」 「じきに人肌に馴染んでよくなる」 スワローの言うとおり、急上昇する体温に合わせ香油も温まっていく。 会陰とアナルの内外に塗された香油は、普段使っているローションと違い独特の粘り気と匂いがあった。 天然の香料と精油を配合しているせいだ。 「やめろスワロー……抜け……っぐ、はぁ、ふぁ」 教会の儀式に用いる香油は聖別済みだ。 神父が小皿を持ってシスター一人一人の前へ行き、額に香油を塗る場面を思い出す。 本来は教会の備品なのに、罰当たりな用途に使っているのが後ろめたい。 半端ない罪悪感と背徳感に悶えるピジョンの耳元で、スワローがあやすように囁く。 「昔っから聖書好きだったよな、教会に居候してんならもっと詳しくなったろ。せいぜいメシアになりきって有り難がれよ」 「メシアがヘブライ語で油を注がれた者って意味なの、知ってて言ってんのかよ」 「イエスがおっ死んだ時にゃマグダラのマリアが香油を用意した。オンナが香油を塗るって何の隠喩だかな、妄想はかどるぜ」 「ッあ、間違ってもセックスや前戯の隠喩じゃないぞ」 案外物知りでびっくりする。とはいえ、さすがに自分をキリストになぞらえる気はおきない。 「神父サマがわざわざ用意した、特別な香油でぐちゃぐちゃならしてもらえて嬉しいだろ。ピンクのアナルがうまそうにテカってるぜ。音、ちゃんと聞けよ。ぐちゃぐちゃ鳴ってんのわかる?」 「スワロっ、ぁっは、やめ、抜ッァぐ」 指だけでイッてしまいそうだ。 既にペニスは屹立し濃厚なカウパーをしとどに垂れ流す。 礼拝堂にヴィクの間の抜けた声が反響する。 「みんなどこ行っちゃったの?」 頼むから来るな。 目をキツく閉じて狂おしく念じる。 軽い足音が行ったり来たり、手近な柱の後ろを覗き込んでいるのだろうか。 「スワロっ、止め、聞こえるッから」 小刻みに震える手でスタジャンの袖を掴み、口内にあふれる涎を飲み干し、せがむ。 せめて足音が遠ざかるまで、ヴィクがいなくなるまで待ってほしい。 ヴィクの現在位置は声と足音の反響の仕方で推察する他なく、視界が奪われている分不安が募り行く。 説教台の裏側の暗闇、懸命に耳をそばだてヴィクとシーハンの動向をさぐる。 「いなくなるまで待ってくれ、頼む……ヴィクとシーハンが表に出るまで辛抱だ……」 最大限の譲歩。礼拝堂で事に及ぶのは避けられずとも、せめて子供の目と耳がない所でしたい。 「狙撃手の成否を分けんのは忍耐力だろ。兄貴は我慢できるよな?」 「待」 「修行の成果見せてくれよ」 スピードを上げて出し入れされる指。人さし指と中指、二本を束ねて中をぐちゃぐちゃにかき回す。 香油でべと付くアナルがくぷりと開き、三本に増えた指を頬張る。 「~~~~~~~ッあぁあぁ」 衝撃が来た。 「どうしたんだよ、まだ先っぽだけっきゃイれてねえぜ」 視界に二重の闇が被さる。 てのひらで目隠しされた。スワローの先端がほんのわずかアナルにめりこむ。 スワローがじかに中に入ってくる。 異物の挿入に収縮する括約筋、うねる肉襞をかきわけてさらに奥へ、じれったく埋まっていく。 「っぐ、ふぅっう、ぅく」 死ぬ気で声を殺す、唇を噛んで耐え抜く。 反動で過呼吸の発作を引き起こしかねないほど息を止め、アナルの入口で抜き差しされる、ペニスがもたらす快感をやり過ごす。 「ふーーーーーーっ、うーーーーーーっ」 片手で口を塞いで声が漏れるのを防ぐ、てのひらの闇が汗と涙で蒸れて苦しい。 ヴィクは?シーハンは?まだ礼拝堂にいるのか、聞かれてないと信じたい、バレてないと願ってやまない。息の仕方も忘れ、ただひたすらに二人が早く退散してくれるのを祈る。 「ッ……すげえ締まる……興奮してんの」 「違、はぁッ動かすな」 「しーっ。ヴィクたちが来ちまうぜ」 説教台の下、後ろに密着したスワローと下半身を繋げる。てのひらがとりのぞかれても頑なに目を閉じたまま、全力で現実逃避を図る尻にペニスが突き刺さる。悪戯好きな手が乳首を抓ってカリカリひっかき、根元のしこりを搾り立て、瞼裏の闇で身もがくピジョンを追い上げていく。 「ッむ、ぁっぐ、んぅッ、ぁッふあ、んンっむ」 暴れるほどにぐぷぷと急角度で中を抉り、前立腺に届きそうで届かないもどかしさでひとりでに腰がくねりだす。 「ぬるぬるしてる」 「あッふぁすあろ、じっとして」 喘ぎを封じたい一心で噛みすぎた唇は切れ、鉄錆の味が唾液に溶ける。 羞恥で燃える脳裏に混沌と渦巻く自己保身と自己嫌悪。すみずみまで性感帯に置き換わった粘膜は、動かずにいる怒張を物欲しそうに締め上げて快感を吸収する。 「ッは……兄貴のケツマンコ、めちゃくちゃ絡み付いてくる……」 うなじにこもる息がこそばゆい。挿れられているだけたまらない欲張りな身体に裏切られ、ぐちゅりと沈むごと濁った感情をかきまぜられ、悔し涙が瞼を濡らす。 散りゆく集中力を辛うじてかき集め、礼拝堂の物音と気配を把握する。 「今どこ、も、いったか」 「行ってないしイッてねえよ」 「スワロー中、抜けッ、挿れたまんまじゃもたな、ッは、ぁぅッは、ちょっと動くだけで中に伝わってクる、もっ前、声ダメ、ヴィクたちがいるのに」 「あ」 「あ?」 「あーあ、バレちまった。変な顔してこっち来るぜ」 全身に冷や水を浴びせられる。 「嘘……早く離れろ、服着ろ」 おしまいだ、教会にいられない。神父がピジョンの居候を許すはずない、それ以前にピジョン自身が許せない。 スワローに後ろから犯されたまま、下半身が繋がったまま、前をはだけたあられもない姿をヴィクたちが目の当たりにしたら…… 「~~~~~~~~~~ッああ」 ぐぷりと空気が潰れる音。また一段ペニスが沈み、みっちり埋まった腰がわななく。 頭がドロドロで何も考えられない。後生だから見ないでくれ、ごめんヴィクとシーハン、神父さまにシスターたち。 礼拝堂を穢して、弟と交わって、おかしい位気持ちよくなって。 挙句に大事な香油をいけない使い方して…… 「オラ、股おっぴろげて見せろ」 なのに、どうしようもなく感じている。 「スワロっ、許し、やめてくれ可哀想だ」 「テメェのもオトナになりゃこうなるってお手本示せ」 耳たぶまで真っ赤に染めて首を振る、咄嗟に顔を背ければ反対の手で顎を鷲掴まれる。 残忍な手がピジョンの膝をこじ開け、大股開きで固定。 「見ないでっ、くれッ、ぁっあは」 「ははっ、目ェまんまる。すげー驚いてんぜ」 「お前っ、は」 年端もいかない子供の眼前で赤く尖ったペニスをさらし、芯からしこって膨らむ乳首を暴き立てられ、混乱しきったピジョンは両手で口を塞ぎ、息だけで喘いで耐える。 「ッは、ん―――――ッ、うぅ――――――――ッぐ」 その間もじゅぽじゅぽ激しくペニスが出入りして前立腺を叩き、鈴口から粘っこいカウパーが滴り落ちる。 恥ずかしい。 気持ちいい。 死にたい。 なんて罪深い。 「心配いらないから、ぁっあ、シーハンと少しの間外に出、あっあ」 「シーハンめーっけ」 ヴィクの明るい歓声が礼拝堂の優美なアーチの下に響き渡る。 「え……」 予想外の成り行きに困惑が勝り、瞼と眼球をひっぺがす。 説教台からほんの僅か覗けば、最後列の長椅子の下からシーハンが観念して這い出すところだった。 シーハンがしゅんとしてヴィクと対峙する。 「見付かっちゃった……なんで奥行かなかったの?」 「あっちって隠れるトコないじゃん。それに数かぞえてるとき扉が開け閉めされる音がしたんだ、合計2回。ってことは、少なくとも2人は表に行ったってことだろ」 「そっかあ。ヴィクって頭いいんだね」 「まあね」 ヴィクが顎をツンと上げて自慢し、疑うことを知らないシーハンが素直に感心する。 あどけない目には尊敬と称賛の色。 それからすぐ俯いて、哀しそうにぼやく。 「また一番最初に見付かっちゃった」 「かくれんぼ苦手?」 「かけっこもあんまり得意じゃない。ボール投げも」 「そうなんだ」 「足手まといだよね……」 黒髪の奥、シーハンが潤んだ瞳で床を凝視する。 「みんな私がグズなせいで一緒に遊ぶのやになっちゃうんだって。仲間に入れてくれるのはチェシャとハリ―だけ。でもまた……」 落ち込むシーハンと向き合って束の間しばし思案し、ヴィクが口を開く。 「わかった。シーハンはここにいなかった」 「え?」 「見付けてないことにしよ」 「で、でもズルはよくないって先生が」 「ズルじゃないよ、隠れ直すだけ。ここに来る前に面倒見てくれた人の口癖、ザコ……じゃない、実力がちがいすぎる相手にはハンデをあげるのが嗜みだって。じゃないと結果がわかりきってて面白くない」 ヴィクがスワローの受け売りをしたり顔で説明する。いかにもこの外道が好みそうな口癖だ。 シーハンがべそかきの兆しで顔の部品を中央に寄せる。 「実力ちがいすぎ……?」 「シーハンは女の子でいちばん小さいからハンデもらうの当たり前だよ、僕はお兄さんで男の子だもん」 「それってズルじゃあ」 「だからズルじゃないよ、スタート地点をならすハンデ。チェシャたちがいる時にちゃんと言っとけばよかったね、ごめん」 優柔不断なシーハンはギリギリまで隠れ場所に迷い、カウントダウン終了数秒前に、大慌てで長椅子の下にもぐりこんだ。 ある意味では逃げ遅れたといえるかもしれない。 ヴィクの説得にシーハンが頷き、かくれんぼの仕切り直しで意見の一致を見た二人が扉を開ける。 「今度隠れる時はここはやめなよ、椅子の下なんて丸見えもん」 「教えてくれるの?やさしいんだね」 「女の子には親切にしろってドギーおじさんが言ってた」 「ヴィクの大事な人?」 「うーん、恩人さんかな。もうひとりのひとはオンナは怒らせると怖いからご機嫌損ねるなって言ってたよ」 「謝謝ヴィク」 「どういたしまして」 はにかみがちに礼を述べあい、どちらからともなく手を繋いで去っていく。 眩いばかりに純真な子供たちが礼拝堂を出たのを確認後、くたっと脱力した身体をそのままスワローに預けて恨む。 「……だましたな」 「鵜呑みにするほうがキてるぜ、足音逆だったろ」 「あんな状態でわかるわけないだろ!ヴィクが向こうに行く確信あったのか?」 「今さっき初めて踏み込んだならろくすっぽ検める暇もねえ。教会ってなぁ大体どこも似た造りだ、俺たちゃガキん頃から出入りしてっから神父が演説かます説教台の裏っかわが空洞になってんのも知ってる。どっこいヴィクは世間知らず、アイツの位置から見えるのは説教台の正面だけ、足音は全部礼拝堂の後ろ、即ち扉の方へ行った。俺たちが隠れてるなんてはなっから思やしねえよ、先入観の勝利だ」 ヴィクは足音の方角と扉の開閉音で仲間の脱出を知った。先客の存在は盲点だ。 「お前ってヤツは……どこまで腐りきってるんだ」 「食いちぎりそうに締め付けてきたくせにいい子ちゃんぶるんじゃねえよ。それとも何か、ホントは見せたかったの?後ろからバコバコ突かれてだらしねえアヘ顔でイくとこ」 殴りたい。 屈辱に震える拳を力一杯振り抜くも、軌道を読みきったスワローが易々押さえこむ。 「誰もいなくなった。声ガマンしなくていいな」 「どけっ、誰が……子供をダシに使って恥ずかしくないのか、幻滅させるな、これ以上は絶対許さない。さっさと抜いてみっともないブツしまえよ、まだ修行が控えてるんだ。早く先生と合流してッァああ」 「繋がってんの忘れたの?」 スワローが嗜虐的にほくそ笑み、下半身を深く繋いだピジョンを押し倒してのしかかる。 兄の両腕を封じ、抉りこむように激しく腰を使いだす。 「あっ、あっ、あっあっあ、ぁッスワローそこっ、ぁっふぁ」 抗議の声が喉の奥で泡立って艶っぽい喘ぎに代わる。 ピジョンの目に映るのは太い柱が支える高い天井、ステンドグラスが嵌め込まれた窓から虹色のきざはしが落ちる。 「あっ、奥っあんま突くなっ、あっ、痛ッ、あッふあガッツきすぎ、ァっや、んぅっ、ぁあッあ、そんなされたらすぐィく、俺の中ぐちゃぐちゃでッ、お前のすご、出たり入ったり気持ちいいっ、ぁっふぁッ、あっあ」 もう声を我慢しなくていい、それだけが救いだ。 ヴィクたちに聞かれまい聞かせまいと我慢した分、性感は倍に跳ね上がってあられもない官能の喘ぎがほとばしる。 モッズコートを扇状に広げ、ネルシャツはボタンを外して扇情的にはだけ、ずれたズボンから剥き出しの股間では汁まみれのペニスがヒク付く。 不規則に乱れたピンクゴールドの髪、涙をためた眦を赤らめ、精一杯睨み据える嗜虐をそそる痴態に生唾を嚥下。 「いいのかよ、モロ出しでよがっちまって」 スワローが突如として前髪を掴み、ピジョンの視線を上へ誘導する。 「マリア様がみてるぜ」 「はあっ……ぁ……」 気持ちよすぎてドロドロに溶かされたピジョン。 汗で湿ったざんばら髪の奥、倒錯した快楽に濁る目が、嬰児のキリストを抱くマリアへ移る。 罪悪感と背徳感が喉元を塞ぎ、心臓をキリキリ締め上げる。スワローが抽送を続けながら、ピジョンの耳元で限りなく優しく囁く。 「母さんに似てる」 「いうな」 「ちゃんと目ェ開けてごめんなさいしろ」 「いや、だ」 開けたくない。 見たくない。 「どんな顔でどんなふうに犯されるか、頭からケツまで見せてやれ」 既にして吹っ切ったスワローの挑発が、今もって葛藤に苦しむピジョンの心を打ち砕く。 実の弟に力ずくで、聖なる教会で犯される。 両方の現実を否定したくとも、その倒錯を悦んで燃え上がる情欲が一番憎い。 精巧にできた白磁のかんばせがピジョンを覗き込む。 懐かしく恋しい母の面影がだぶり、こみ上げる涙で滲みだす。 「タブーを犯した懺悔でもする?」 「俺、ッは、したくてしてるんじゃない」 「母さんがガン見してんのに前おっ勃ててボタボタもらして、ホントドМじゃん」 「あッ、れは、ちが」 「狂ったように腰振ってドン引き」 「お前ッが、ッンぁ、めちゃくちゃに突くから、ふぁッあ」 「ヴィクがいても感じたもんな、見られて興奮する露出狂ならタチ悪ィぜ、ホントは身内だろうが他人だろうが誰彼構わず見せ付けたかったんじゃねえのかよド淫乱」 「お前と寝てるなんて、ぁぁっ、だれにも知られたくなっ、ぁッんあっ、バレたら死ぬッ恥ずか死ぬッ!」 嫌だ、嫌だ、嫌だ。 スワローはどうして酷くするんだ、たまには普通に抱かれたい、久しぶりなんだからもっと優しく抱いてほしい。 まるきりレイプみたいなやり方で固い床に押し倒されて、十字架とマリア様に見下ろされて、酷くされればされるほど情欲が滾り立って貪欲な孔がもっと欲しがる。 「俺と寝てんのバレんのそんなにいやか」 じゅぷじゅぷと出し入れされパンパンと追い上げられる。祭壇に佇む聖母の顔に、ピジョンが今一番恐れる嫌悪と侮蔑の上澄みを幻視する。 「あッ、ふぁッあ、ぁッあ」 罪悪感が見せる幻覚か犯した過ちの報いか、可愛い弟まで地獄に道連れにしたくなくて、背中で這いずって少しでも離れようとする。 「……よーっくわかったよ」 スワローの顔がもどかしげに歪み、何故か頑是ない子供の頃の面影が過る。 「あッ、はっあ許してすあろっ、もっ優しく、せっかく会ったのに」 ごめんなさい母さん。 ごめんなさいマリア様。 心の中でくり返し狂おしく謝罪と懺悔を重ねれば、ペニスがぽたぽた白い涙を零す。 「あーあ、マリア様が見てんのに出しちまった」 マリア像のおもてと母親の笑顔がすりかわる。 マリア像の視線に炙られ素肌が火照る、母の前で弟と繋がるタブーを犯す、思い出の中の母も現実のマリアも穢して冒涜する。 「はしたねえ兄貴。マリア様の前でおっ勃ててケツ振って」 「あッあ、スワローやめっ、ッくぅあ、いきなりしたら」 聖母の慈悲深い微笑みが最愛の母の微笑みと錯綜し渦を巻く。 母を裏切り弟と関係を結ぶ罪悪感と背徳感が快感と綴じ合わされてぞくぞくが止まらない、顔を見られまい声を聞かれまいと片腕で目元を遮って懇願する。 「許し、ぁっ、かあさ」 迷える子羊を導く聖母と美しい娼婦が瞬きの都度入れかわる。 自分の血を濃く受け継いだ息子たちが演じる痴態を見下ろし、よもや救済|能《あた》わぬ憫笑をとどめて。 「ぁッ、ぁっ、スワロー奥ッ、お前のっ俺の行き止まりに届いてるッあ、ぐちゃぐちゃ」 あるいは幻滅と軽蔑の表情。 姦淫のタブーを犯し、被虐の官能に溺れ、肉の悦びを享受するピジョンの信仰心を厳格に試す。 「ふぁッ、イくッお前のッ腹ん奥熱っドロドロ」 絶望と渇望が繋がって欲望が燃え上がり、全身の皮膚を包んだところでまた絶望が膨れ上がる。 「ごめ、ンぅッなさい、さっきからおかし、見られてイきまくりッで、あぁッ」 「ホントはずっと見られてたらどうするよ、車ン中、カーテンの隙間っから」 「デタラメだ」 「あんな狭苦しい場所で気付かねェほうがおかしい、知ってて知らんぷりしたのさ」 かあさんが見てる。 じっと見てる。 見張ってる。 「あッはぁっ」 俺とスワローがヤってるとこ、イきまくりでとまらないとこ、お互いの出した物にまみれてぐちゃぐちゃのドロドロなとこ、一部始終をただひたすらに傍観している。 スワローに挿れられてよがり狂い、弛緩しきった口から涎を垂れ流し、夢中で尻を振るピジョンをただ見下ろす。 見られている。 興奮する。 たまらなく。 どうしようもなく。 「母さんの目ェ見て、詫びながらイけ」 罪悪感のかたまりが閊えて息もできない、頭がジンと痺れて思考が働かない。 ぱたぱたとペニスが泣いて中がギュッと締まる、肉襞が窄まってスワローを締め上げる最中も母の顔がチラ付いて切なくなる。 「ぁあっ、やっあスアロ抜け、イきすぎて腹苦し」 嘆きのマリアと二重にぼやける母を幻視、一旦遠のいた射精欲が前立腺を容赦なく叩かれてあっけなく爆ぜ散る。 「見せる、な」 腰砕けにへたれ、ピュッピュッと間欠的に潮を吹く。久しぶりに生のスワローを味わったせいで、身体がすっかりおかしくなってる。 「ぁあぁ―――――――――っ」 「ッ」 体内が収縮して精液を搾り取る。スワローの痙攣が粘膜に伝わり、直後にぬるい精液が広がっていった。 「はあっ……はあっ……」 ピジョンの股間を汚す白濁が、マリアの裳裾の襞にまで飛び散っている。 決定的瞬間を目撃し、ラスティネイルの瞳が絶望と悲嘆に染まる。 「ああ、最悪だ」 情事の余韻から回復せぬまま肘で這いずり、コートの袖口で不浄の飛沫を拭く。 マリアの爪先に接吻でもするようにひれ伏し、いじらしく粗相の後始末をする兄にスワローが迫る。 「そっち選ぶの?」 「出した物ほっとけないだろ、先生たちにどう言い訳する」 「蝋がたれたとでもごまかしときゃいいじゃん」 「匂いは?無理あるだろ」 擦り切れた袖口でマリアの裾を浄め、「よし、ばっちり証拠隠滅」とほくそえむ兄に痺れを切らし、ねじきる勢いで顎を掴んで振り向かせる。 「んッ、む」 巨大な十字架を背負うマリアの前で唇を奪われ、息もできないほど深く貪られる。 近親相姦の禁忌がどうしたと、天に唾するような宣戦布告のキス。 「ぁっ、む、ふ」 「ッは、んむ、は」 舌と舌が競い合うようにして絡み、互いの歯列の裏表をなぞりだす。唾液で潤んだ熱い粘膜をやるせなくかきまぜて、身体の繋がりだけじゃまだ足りず細胞単位で溶け合おうと求める。 「よせよマリア様がみてる」 「見せ付けてんの」 お前が俺のものだってわからすために。 返答はあっけない。いかにもスワローらしい。 大胆不敵に開き直り、流し目でマリアを挑発までして兄の唇をたっぷり味わい、数十秒後にやっと満足して離れていく。 「ぷはっ!」 ピジョンが息を吹き返す。 「スワロー、お前……肺活量上がった?前より長く息続くようになったじゃないか」 「キスが長続きしてお得だろ」 「丸め込もうとしてるなら嬉しくないぞ」 「貸してみ」 もた付く手でボタンをはめようとして掛け違い、舌打ちするピジョンの隣にスワローがやってくる。 兄と向き合い、ネルシャツのボタンを下から順にとめていく。 ステンドグラスを濾した光に透ける、長い睫毛に見とれる。 「……するなとは言わないけど、もっとその、優しくできないのか」 本音をいうと、ちょっとだけ期待してた。 久しぶりに会えば優しくしてもらえるんじゃないか、少しは悔い改めてくれるんじゃないか、願望が入った希望的観測にすぎない理想を押し付けていた。 勝手に期待して幻滅していれば世話がない。 スワローが口を尖らせる。 「教会じゃねェならどこでヤんの。外?お前の部屋?」 「ヤるのが目的で来たのかよ。そこの長椅子に並んで掛けてしゃべったり、教会の敷地を案内してやるんじゃ物足りないか。畑は?見に行くか?じゃがいもがゴロゴロしてるんだ、草むしり手伝った。シスターに頼めばお裾分けもらえるかも、あとで頼んでやるよ。厨房に芽がでたのが何個か」 「雑用か」 「女手だけで畑仕事は大変だろ、できる範囲で世話になったお返ししてるだけだ。本分は忘れてないから安心しろ」 「よろしくやってるみてーで結構なこった、赤の他人と家族ごっこは性に合うか」 「お互い様だね、俺がいないあいだは部屋が広く使えて万々歳。女の子連れこみ放題でパラダイスじゃないか」 「ベッドが広くなって変な感じ」 思わず吹き出しかけ、咄嗟にそっぽを向く。スワローが「ンだよ?」と片眉を跳ね上げて突っ込む。 ステンドグラスの幻光が織り成す、祝福の色が染め上げる礼拝堂。 マリアの膝元に並んで腰かけ、穏やかに伏せた|赤錆の瞳《ラスティネイル》に、しんみりした感傷を浮かべるピジョン。 「オールドモップがいなくなった時もおなじこと言ってたなって」 「ガキの頃のこと蒸し返すな」 「部屋は別なのに」 「関係ねェよ、どのみち俺のベッド使うんだから。抱き潰されて自分の部屋まで戻る体力ねーだろ」 「ゴミ出しは?曜日守ってるか?家賃はくれぐれも滞納するなよ、キャサリンの様子もまめに見に行ってくれ。栄養偏るからピザの出前はほどほどに、近所のデリカッセンが安くて量多くて美味い。とくにマッシュポテトがおすすめ、色々種類あるんだ。お前は顔イイからおまけしてもらえるかも、サインとかあげたらどうだ」 「ミーハーかよ」 おかしなもので、ほんの数分前に酷いことをされたのに普通に話している。 子供の頃から理不尽な仕打ちを受け続けて感覚が麻痺してしまったのか、ピジョンが意外に打たれ強いのか。 マリア像を挟んで川の字になり、弟のプライベートにあれこれ口出しすれば、頬杖と仏頂面で聞き流していたスワローが切り返す。 「優しくできねーのはお前のせい」 「なんでだよ」 「わかんねーならいいよ別に」 「ちゃんと口で説明しろ」 「修行とかたるくねェ?」 「全然。毎日充実してる」 「負け惜しみじゃねーの」 「お前の尻拭いに追われるよりマシだよ。シスターたちはみんな優しくしてくれるし子どもたちも可愛いし、先生は尊敬できる立派な人だ。狙撃の腕も上がったんだぞ、ちょうど練習の時間だ、見学してくか?大人しくしてれば先生も許してくれるだろうし。裏の墓地でトレーニングしてるんだけど、こないだ先生の昔馴染みに絡まれて酷い目に……スワロー?」 「帰る」 「え?」 尻をはたいて立ち上がったスワローが、左右対称の長椅子の間を通って扉へ近付く。ピジョンは面食らったものの、勝手に身体が動いて弟を追いかける。 「待てよ、何か用でもあるのか」 「家帰って寝る」 「じゃあいいじゃないか、もう少しゆっくりしてけよ。先生たちにも紹介したいし、そうだ、夕飯一緒に食ってかないか?シスター・エリザの料理は絶品なんだ、母さんの手料理には負け……ないな、余裕で勝てるな。よければ子どもたちに武勇伝聞かせてやってくれよ、ちょっと前バンチに載ったことあったろ?ストレイ・スワローは賞金稼ぎに憧れる子たちのヒーローなんだ、本物がきたって知ったらみんな喜ぶ」 「誰それ」 扉の一歩前で急停止したスワローが、強張った背中で質問する。 「だからお前の」 「俺はヤング・スワロー・バード」 「あ」 「一緒に登録したの忘れてんの」 うっかりしていた。 もちろん、通り名はちゃんと覚えている。ささいな呼び間違えだ。悪気がなければ他意もない。 覚えているが、世間的にはストレイ・スワローの方が格段に通りがいい。 |死なずの行き止まり《アンデッドエンド》を独り飛ぶのを恐れない、向こう見ずで怖いもの知らずなストレイ・スワローの噂をバンチはこぞって書き立てる。そちらの方が売れ行きが伸びるからだ。スワローの正式な通り名を知っている読者は実は少ない。 ピジョンと離れ離れの間も多くの賞金首を倒し、華々しい手柄を上げ続けたスワローは、今じゃすっかり野良ツバメのあだ名で定着してしまった。 ロンリーオンリーロンサムバード、はみだしものの野良ツバメ、群れからはぐれて独り飛ぶ。そんな戯れ唄が流行るほどに。 ふたりきりの時に通り名を用いる習慣はないし、あえてそちらで呼ぶ機会に恵まれてこなかった為、耳馴染みの良い方が口から零れてしまったとしても責められまい。 「ごめんてば、信じろよわざとじゃない。バンチじゃそっちで浸透してるし、子供たちもストレイスワロー略してストローって呼んでるから」 「藁かよ」 「ヤングスワローって素面で口に出すの恥ずかしいし……弟は若いツバメですって人前で言わされる身になれよ、仕事で組んでもジゴロの兄になった覚えないぞ、そっちのが天職かもしれないけど。俺の通り名だって即興で決めたろ、その場のふざけたノリで。本当はいやだったのに」 「最低にだせーからやめろって言ったろ」 「機嫌直せよ、どっちだっていいじゃないか。大して変わらないよ、ストレイでもヤングでも……いっそ両方使いにすれば?」 轟音と衝撃が爆ぜる。 スワローが鉄の扉の表面を蹴り付けたのだ。 「ざけんな」 「なん、だよ」 「どこの世界に一緒に組んでるヤツの名前間違える駄バトがいんの、脳味噌ん中に吹けば飛ぶおが屑っきゃ詰まってねーの」 「それはお前だろ、頭の中におが屑しか詰まってないからすぐ火が付くのか」 「はるばるツラ拝みにきた実の兄貴に野良呼ばわりされるたァな」 「くだらない戯れ唄気にするな、かえって名前が売れてよかったろ、うちの子たちも縄跳びしながら唄ってるぞ。出る杭は打たれる、ぶっちゃけやっかみさ。ルーキー一番手だの注目株だの、目立ってるから気にくわないんだ。けどな、お前も悪いんだぞスワロー。めちゃくちゃやって敵ばっか作るから、ろくでなしの不品行を歌にされるんだ。組合が派遣してきたパートナーは?上手くやれてる?ドギーさんに迷惑かけてないか、コヨーテ・ダドリーはすんなり倒せたのか、また人の話を聞かずひとりで突っ走って地雷踏んだんじゃ?質流れする前に協調性を買い戻せ」 内心、ピジョンは嫉妬していた。 弟と並んで流行り歌になりたいと妄想すれど未だ修行中の身。知名度と実力は大きく劣る上、薄情な弟はまともに連絡すらよこさない。 だから、余計な一言を言ってしまった。 反抗精神と孤独が頑なに結び付いた背中に接近、うんざりと肩を竦める。 「都合悪くとなるとすぐだんまりか。大人になれよ|ストレイ・スワロー《野良ツバメ》、歌の通りになりたくないだろ。無軌道に飛んでちゃまわりに見放されてひとりぼっちだぞ」 スワローがこだわる通り名を、わざと間違えた。 スワローは何も言わない。 その沈黙が静的なものにあらず、爆薬を腹に飲んだ物騒極まりないものであることは、彼が放出する凄まじい怒気でわかる。 窓から架かるきざはしが長椅子や床を洗い、柱に淡く色付く影絵を投じる幻想的な空間。 「行いを改めろって本気で言ってるんだ。自分の事しか考えないんじゃ今に命取りだぞ、俺だって自分の修行にかかりきりで面倒見きれない」 |嫋《たお》やかな腕《かいな》に安んじる無垢なる|嬰児《みどりご》。 聖寵満ち充てるマリアの微笑みは、嘆きと赦しのあわいの静謐を保ち、なにもかも正反対すぎて不器用な兄と弟のすれ違いを見守る。 礼拝堂に立ち込める剣呑な沈黙を破ったのは、抑揚を欠いて低い声。 「お望みどおり野良でやってく」 「ん?」 「厄介払いできてせいせいしたろ」 「誤解してないかお前」 辛辣な捨て台詞に狼狽、引き止めようと反射的に右手をかざす。 その手を乱暴に振りほどき、豪快に扉を蹴り開けるスワロー。広がる隙間から外の陽射しがなだれこんで礼拝堂を眩く照らす。 「ッ、」 目を陽射しに射抜かれて手庇を作る。兄と正反対の方向を見るスワローの背中を、逆光が不吉に翳らす。 「テメェは今日から俺の小鳩でもなんでもねェ、ただの間抜けな駄バトだ。大好きな先生の懐でぬくぬく巣ごもってろ」 「怒るなよ、俺はただ」 「何も知らねーくせに」 「じゃあ教えろよ」 「相棒でもねーのに教えるか」 じれたピジョンが追いかけるのを完全無視、肩で風切る大股で敷地を突っ切り去っていく。 一度も振り返らず表情こそ窺えないが、門を越える時に片手の中指を突き立てる。 「あばよ、|だれかさんの小鳩《サムワンズピジョン》」 ささいな行き違いの末、ふたりはコンビを解消した。

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