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run away in a stampede

スワローは動物が嫌いだ。大嫌いだ。何故なら連中は兄を横取りする。 捨て猫や捨て犬がうちにくるたび兄はスワローそっちのけで構い倒すものだから、当然面白くない。 犬や猫は臭くて汚くてうるさいだけ、おまけにノミが伝染ってかゆい。スワローが飼うならもっとすごいのがいい、強くてでっかくてかっこいい怪獣みたいなの。それでピジョをあっと言わせるんだ。 スワローの夢は案外早く叶った。 ある風が強い日、母は雑貨屋に買い物にでかけ不在。スワローは廃墟のガソリンスタンドにとめたトレーラーハウスの近くで遊んでいた。ピジョンは車の中で昼寝をしている。口がむにゃむにゃしてたから食べ物の夢を見てるに違いない。四六時中弟に振り回されっぱなしのピジョンが安らぎを得られるのは、束の間の夢の中だけだ。 スワローはちょこんとしゃがみ、小枝の先端で地面をひっかいていた。頭上には爽やかな青空、周囲には赤茶けた岩肌が剥き出しの荒野が広がっている。夢中で落書きしているのは角と翼とたてがみが生えたドラゴン、スワローが求める最強のペット。 炎の息吹で町を燃やし世界をぐるっひと周り、ピジョンをいじめる悪ガキも母さんをいじめる大人もぎったんぎったんに…… 火だるまの棒人間を描き加え、悔しげに顔を歪める。 「くそっ、くそっ」 いらだたしげに腕を振り上げ振り下ろし、小枝をザクザク棒人間に突き刺す。 スワローがもっと大きく強ければドラゴンなんかに頼らなくてもへっちゃらなのに、ちびで弱っちい今のまんまじゃ家族を守れない。 棒人間を串刺しにするうちに小枝のささくれが弾け、頬っぺたを傷付ける。 「いたっ!」 一瞬虚を突かれ、次いで癇癪を起こす。 「~~~~コイツ!」 立ち上がりしな両足で交互に踏み付け、ちっちゃい棒人間どもを蹴散らす。スワローにはまだ大きすぎるスニーカーの裏で落書きをかき消し、ささやかな勝利をおさめ一息。折から風が吹き、日向に干した麦藁のようなイエローゴールドの髪を巻き上げる。 刹那、スワローの視界の端を球が駆け抜けていく。なんだあれ?反射的に追いかける。もとよりスワローは直感で動くタイプ、石橋を叩かず迂回する慎重派の兄とは大違いだ。 「待て!」 逃がすまじと回り込む。トレーラーハウスの裏手に転がっていたのは丸っこい茶褐色のかたまり。鳥?獣?なんだこれ?あぜんとする。開いた口が塞がらず立ち尽くすスワローの前を、謎のかたまりは風に吹かれ行ったり来たりしていた。 半歩さがって身構える。警戒しながらじりじり接近、小枝で突付いて即とびのく。またツンツン。睨み合い。視線を切って回れ右、ステップを駆け上る。 「ピジョ、へんなのがいる!」 「うーん、へんなの?」 戸口で呼び立てる弟に叩き起こされ、目をこすりながら兄が出てくる。ただでさえしまりのない寝起き顔なのに、髪が一房逆立ってるのが間抜けだ。 「ウォンバット?アライグマ?ガラガラへビ?」 「まるくてもじゃもじゃで転がるヤツ!また動いた、なんかカサカサ言ってる!」 寝ぼけまなこで覗いてみると、スワローが興奮した面持ちで回転草を指さしていた。 「あー……」 「生きてる!動物?スアロ見たことない」 スワローそれはね、ただの草。非情な真実を教えるべきか悩んだものの、珍しくはしゃいでる弟に水をさすのがためらわれ、曖昧な笑顔で調子を合わせる。 「しらない。モグラの仲間?」 「モグラが土からでてくるわけないじゃん、ばかピジョ」 兄も名前を知らない動物にスワローは浮き立ち、小枝で前後左右を突きまくる。かと思えば「わっ!」と脅かし、反応がないと見てとるや蹴り飛ばす。弟がじゃれ付く回転草は直径50センチほどのちんまりしたサイズで、もっさりした小動物に見えないこともない。 輪回しさながら小枝で器用に追い立てる。 「懐っこい」 「スアロが好きなんだよ。だから離れないんだ」 得意がるスワローに笑いかけ小さく拍手。弟が動物(?)に好かれるのは珍しい。スワローが喜んでいるならそれが一番、興ざめな事は言いたくないしたくない。 兄にほめられたスワローが鼻の穴を膨らませる。 「決めた。飼うぞ」 「え?」 拍手が止む。 固まる兄をよそに、スワローはどこからか持ってきたロープに回転草を結び付ける。反対の端っこは近くの木に括り、いかにも大仕事をやり遂げたふうに汗を拭く。 「よろこべピジョ、スアロが気分いい時はたまになでさせてやる」 「ワーホント?ウレシイアリガトウ」 「世話も手伝っていいぞ」 スワローが腰に手をあて恩着せがましく宣言するのに、棒読みで礼を述べる。まだ遅くない、本当の事を教えてやれ。 「名前は決めたの」 「もじゃもじゃ」 「そのまんまじゃないか」 「んじゃモジャ公」 まずい、完全に言いそびれた。スワローは股を開いてしゃがみ、ロープに繋いだ回転草をなでている。 スワローがペットを飼いたいと意思表示するのは初めてだ。 ……駄目だ言い出せない、だって傷付くに決まってる。お前が今なでてるのは、ただの枯草のかたまりだなんて言えるわけない。 罪悪感に潰されかけ一旦離脱、空き缶に水を汲んで戻ってきた。 「あげる」 回転草の前に空き缶をおいて後退、満足げなスワローの横顔を盗み見る。 神様ごめんなさい、ピジョはウソツキです。 心の中で十字を切り、モジャ公に芸を仕込もうとしてる弟にも序でに謝っておく。 「モジャ公お手!ちんちん!」 この日からスワローは回転草を飼い始めた。 毎日空き缶に水を汲んで運び、小枝であっちこっち追い立て、たまに蹴ったり殴ったりする。ピジョンは注意する。 「優しくしなきゃだめだよ、痛いのやでしょ」 「モジャ公はスアロのペットだからいいんだよ」 「よくない」 とはいえ相手は草だ、感情はない。しかし付き合いで世話するうちにだんだん愛着が芽生え始めた。 「すげー癖っ毛。梳かしてやろっと」 「そのブラシ、ママのだよね」 「だまってろ」 「言えないよ」 スワローは母の櫛を勝手に持ち出し、モジャ公にブラッシングする。ピジョンは複雑な表情だ。ブラシの歯は何本か欠けてしまった。 先日、スワローが真剣な表情で聞いてきた。 「コイツオスかな、メスかな」 「性別あるのかな」 「オスなら生えてるよな?て事はメスかな」 「穴もないでしょ」 「どっちだよ」 「うーん、スアロが女の子にしたいならピジョもそれで」 スワローがモジャ公をひっくり返す。 「赤んぼ産む?何匹産む?」 モジャ公のあとをベイビーたちがコロコロ付いてく光景を思い描く。結構可愛い。 一見放任主義の母も、息子の奇行に気付いていた。 回転草をロープに繋いで飼っている次男に対し、真っ先に発した言葉は「あらあら」。さすがに心配になる。 「ママ、スアロに本当のこと言ったほうがいい?モジャ公はただの草のかたまりだよって」 「がっかりするかもね」 「だよね」 「それにあの子スワローに懐いてるみたい」 「草なのに?」 「草だって石ころだって大事にすれば心が宿るのよ。そのうちホントに喋りだすかも」 「スアロが強く梳かすから痛いっていうね。あっ、言っちゃった!」 「またママのブラシ勝手に使ったのね」 「ごめんなさい」 「どうりで歯が欠けてるはずだわ」 青空の下、洗濯物を干していた母が悪戯っぽい流し目を送ってよこす。 「ピジョンもうーんとちっちゃい頃は回転草を生き物だと思い込んでたのよ」 「うっそだあ!」 「ずーっと追っかけてこられて怖くて泣いたの覚えてない?」 言われてみれば、ぼんやりそんな記憶がある。あの時はピジョンを膝に抱っこし、子守歌のリズムで背中をなでてくれたっけ。 風にはためく純白のシーツを伸ばし、母が諭す。 「せっかくモジャ公と仲良しになれたんだし、黙っててあげましょ」 「……ん」 ピジョンは素直に頷く。モジャ公にスワローをとられたみたいで寂しいけど、ピジョンは我慢ができる子だ。向こうのほうでスワローが「野生のモジャモジャがいっぱいだ!」と叫んでいる。 母と並んで視線を投げれば、乾燥した荒野を大小無数の回転草が転がっていた。 「タンブルウィードの|大行進《スタンピード》ね」 母が遠い目をして呟く。 「タンブルウィードは旅する草って呼ばれてるの。だれにもなんにも縛られず、好きな所へ行くのよ」 「いいなあ。ピジョも大人になったら旅したい」 「行きたい場所は?」 「あっち!」 ピジョンが精一杯背伸びし、青空と荒野の境界線を指さす。母は眩げに微笑んだ。 次いではにかみがちに母を見上げ、サマードレスの裾を掴んで付け足す。 「……でもね、いちばん好きな所はママとスアロがいるところ」 「ママもよ。ピジョンとスワローの隣が一番」 息子をなで、おどける母。照れるピジョン。スワローは回転草の大群と追いかけっこしている。 「あれオス!?メス!?」 「わ、わかんない……」 「ピジョのポンコツ!」 「こらスワロー、お兄ちゃんに酷いこと言っちゃだめよ」 「モジャモジャいっぱい捕まえて牧場作んの、コウビ見せてまるっとボロ儲けだ、ピジョは子守りしろ!」 勢い余って転ぶ。突っ伏す。すぐさま立ち上がり、全身で風を切りまた走り出す。 別れは突然だった。 ロープをすりぬけたモジャ公が軽快にはね転がり仲間に合流、数瞬後には他に紛れてわからなくなる。途端にスワローが失速、あっというまに置き去られ立ち尽くす。 「じっとしてるのが嫌なんだわ。だれかさんみたいに」 シーツを取り込んだ母が寂しげに笑い、髪をかき上げスワローを慰めにいく。 荒野の彼方を目指し転がる疾風怒濤のスタンピードも、ピジョンの目には家族が迎えに来たように映る。 「ばいばい」 濛々と砂埃をたて去り行く回転草を見送り、ピジョンも弟に駆け寄るのだった。

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