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Peacock Revolution 中
あれから楽屋に引っ張り込まれ、鏡の前の椅子に座らされた。
横手のハンガーレールにはマーメイドラインのカクテルドレスや胸元が開いた深紅のチャイナドレス、プリンセスラインのウェディングドレスの他ハイレグがきわどいバニーガールやマイクロミニのチアガールコスチュームまでよりどりみどりの衣装が掛かってやがる。タイトなナース服は誰の趣味だ?オーナー?
「なんで大家が?マーダーオークションの見物?」
素朴な疑問に小気味良く舌を鳴らす。
「ノンノン、そのへんの|低俗《スノッブ》な輩と一緒にしないで」
ばちこんとウィンクかまし、無駄にゴージャスな毛皮のコートの襟を正す。
極彩色の羽を広げて威嚇する孔雀よろしく傲然と胸を反らす立ち姿には、凡百の男がたちうちできねえ自信と矜持が漲っていた。
「元アンデッドエンド一のドラァグ・クイーン、マダム・ピーコックをご存じかしら」
誇張された睫毛の下、悩殺の破壊力を込めた流し目で俺たちを薙ぎ払って質問する。
「知らねえ。哥哥は?」
「聞いたことあるようなねえような。ニューハーフビジネスにゃ詳しくなくてな、おいおい参入してェたあ思ってんだが」
「マジっすか。商魂逞しすぎっしょ」
心当たりがねえのか呉哥哥も首を傾げていた。俺たちの無知っぷりを盛大なため息で嘆き、大家が腕を組む。
「マダム・ピーコックを知らないなんてモグリ?おのぼり?何年アンデッドエンドに住んでんのよ。私はねェ、正式にオファーを受けてここにいるの」
「関係者なのか」
「衣装係。司会のコーディネート頼まれちゃった」
「ウッドペッカーと知り合い?」
大家が得意げにのたまうなり呉哥哥の目がげんきんに輝く。そのリアクションに気を良くし、大家がさらにふんぞり返る。
「あの子もビッグになったもんね、昔はお尻の青い坊やだったのに。話が長くなるから省くなるけど、私の追っかけっていうかファンっていうか熱烈な崇拝者の一人よ。マダム・ピーコックの尖ったセンスにベタ惚れしてて、今でも衣装選びを任されてるの。おいしい副収入になるのよ、これが」
「手広くやりすぎだよ。ビデオショップ経営だけで満足しとけ」
「店子が滞納するせいよ、こっちだって食べてくの大変なの」
ウッドペッカーの本日のお召し物は白い格子縞の赤スーツと銀ラメのファーコート……大家が選んだんなら納得。俺と大家を見比べ浮足立った呉哥哥が、肘で脇腹を小突いてくる。
「すげえな劉、有名人のイロと知り合いなのか」
「PPPのCEOと知り合いなのも十分すごいっすよ」
「頼めばサインもらえっかな」
「やめてくださいよ、仮にも蟲中天の幹部っしょ」
こそこそ耳打ちしてくんのを窘める。
ミーハー丸出しの上司にいたたまれず俯けば今度は大家の方から詮索された。
「こちらはどなた?」
「あ~……俺の上司の……」
「呉だ。よろしく」
「鱗がセクシーね、竿役に興味ない?」
「金には困ってねェ」
「残念。気が変わったら声かけて」
哥哥と大家が固く握手。あんまりにも酷すぎる初対面の挨拶にドン引く。
「ごめんあそばせ、自分語りが長引いちゃった。ミスター呉はお目当ての品をゲットする為に、ハニートラップを仕掛けたいのよね」
「チップは弾む。休憩終わるまでに仕上がるか?」
大家はノリノリだ。俺の顎を掴んで上を向かせ、至近距離で値踏みする。視線がくすぐったい。
「素材は悪くない。まかせてちょうだい」
大家が力強く請け負った次の瞬間、無体を働かれた。
「ちょっ、待っ」
「ズボン押さえて!」
「了解!」
大家に上を哥哥に下を、力ずくでひん剥かれる。辱めを受けたショックで蹲る暇もなく被せられたのはミッドナイトブルーのカクテルドレス、続いてダークブラウンのウイッグを投げ付けられた。
俺はキレた。
「ざけんな女装なんかするか!」
相手が上司と大家だって事もド忘れして喚きたて、決死の逃亡を企てたそばから襟首掴んで引き戻され、椅子にぐるぐるふん縛られる。
「この縄どっからもってきたんだよ用意いいな」
「楽屋にあった手品の小道具よ、緊縛脱出マジックに使うの」
椅子をガタ付かせて抵抗する俺の背後で、クソ大家がはりきって腕まくりをする。
「止めてくださいよ哥哥」
哀れっぽく懇願する俺の顎に手を添え、血も涙もねェクソ上司が囁く。
「命令。女になれ」
「アンタが元凶って思い出したよ」
「じっとしてなさい」
冷たく透明な化粧水を顔中塗りたくられ、続いて乳白色のクリームを刷り込まれ、手早くパフをはたかれる。下拵えでもするように頬を揉みほぐし、すくいとったファンデーションを鼻梁にまぶし、くっきりとアイラインを引いて睫毛を巻く。
「うっ……ぐ」
気持ち悪い。吐きそうだ。ロープがこすれて手首が痛てぇ。鏡ん中にいるのは見知らぬ女……もとい、見慣れた女。鏡に映し出された俺は、どんどんあの人に面影を寄せていく。
忘れちまいてェ過去を蒸し返され、キツく目を瞑る。唇を噛んで現実逃避する。
「顔色悪いわねェ、もうちょっと肌艶よくならない?」
「俺の靴裏みてェな色じゃん」
「マジで無理、早くほどいて……お願いします」
「唇も真っ青。口紅を濃くしなきゃ」
人の話聞けよオイ。
大家が俺の顎を掴んで上向け、真っ赤な口紅を塗っていく。あの人と同じけばけばしい色……初めてオーラルセックスした時の記憶がよみがえり、たまらずえずく。ナイトクラブのトイレの個室、今じゃ顔も忘れちまったガキが、俺の顎を掴んで楽しげに口紅を塗りたくる。
「ッ……」
嫌だ。また女にされる。ンなことちっとも望んでねえのに、誰も彼もが俺を女にしたがる。口紅とフェラチオの記憶は分かちがたく結び付いて切り離せない、ウリをしてた時も俺には変態がよく付いた、どのみちオーラルセックスだけじゃ大して稼げねェ、女装オプションで少しでも上乗せするっきゃねえ。
『思ったとおり可愛いじゃないか、内股でもじもじ恥じらってホントに女の子みたいだ』
うるせえゲス野郎。
『次はベビードールに着替えてごらん、胸元のリボンが清楚で素敵だろ。ああ……言葉責めで感じてるのかい、いけない子だ。もっこりパンティーの真ん中にエッチなお汁がしみ出してきたじゃないか』
うるせえ。
『苦しい?我慢しな、コルセットの締め上げはキツい位がちょうどいいんだよ』
汚ェトイレの個室で安モーテルで路地裏で車ん中で、ワンピースにベビードールにボンテージに、あちこち透けてたり殆ど紐だったり正気の沙汰じゃねえエロコスチュームに着替えさせられた。
あの人の着せ替え人形に嫌気がさして飛び出したのに結局俺はまだ着せ替え人形でどこへ行っても着せ替え人形でテメェの体をもてあそばれなきゃいけねえのかよ。
死ぬほど恥ずかしくて情けなくて視界が歪む。
悔し涙がこみ上げて瞬きの回数が増える。
呉哥哥がしらけて言った。
「口紅のノリがいまいちだな」
アンタのせいだろ、と怒鳴り返そうとした矢先―……
「!?ンぶっ、」
骨ばった手が無造作に顎を掴み、唇を塞がれる。呉哥哥の顔が目の前にある。
「噛むなよ」
耳元で囁かれてぞくりとする。熱く柔い舌が独立した生き物みてェにもぐりこんで、敏感に潤んだ粘膜をかき回す。苦しい。息ができねェ。
酸欠で顔が火照り、粘った唾液が伝い落ちる。
「ぁ、ッふ」
口ン中を異物が這い回って気持ち悪い。
膨れ上がる生理的嫌悪と不快感の奥で背徳的な快感が生まれる。
|二股の舌《スプリットタン》が器用に動き、歯茎の裏や上下の顎の内側をまさぐっていく。椅子に縛り付けられたまま仰け反り喘ぐ俺に、呉哥哥が跨ってイタズラする。
「ぐっ、哥哥、やめ、はぁッ」
「のぼせてきたじゃん」
この人のテクを見くびってた。引き合いにだすのも癪だが、スワローとはまた違った上手さだ。
窄めて、突いて、引っ込めて。
絡めて、ねじ伏せ、吸い立てる。
「ンっ、はぁッ、ぁふン」
限界まで性感を高めた粘膜を裏漉しし、かと思えば捏ねて練り、先端の切れ込みをちろちろ躍らす。
口ン中が蕩けてボーッとする。
頭が茹だって物を考えらんねえ。
「ウリしてたんだろ?口ん中いじってもらったことねェの」
「ッ……しゃぶらせるだけで、キスなんか……」
「女に化けんなら上の処女膜からぐちゃぐちゃに濡らせ」
ゴツい指輪を嵌めた手がドレスの裾をたくしあげ、唾液を捏ねる音に衣擦れがまざる。
股間に熱と血が集中し、パットに包まれた乳首が勃ち上がり、黒いストッキングを穿かされた太腿が粟立っていく。
時間にしてどれ位か、たぶん三十秒もたってないはず。俺には三十分に感じられた。
呉哥哥が漸く満足して離れていき、ぐったりと椅子に沈み込む。さんざんいじくられた口ン中は噎せ返りそうに唾液であふれていた。
「よし」
独り言に釣られて前を向けば、俺と呉哥哥の唾液に濡れた口紅が滲んで、ドギツさが薄まっていた。傍らで見てた大家が親指を立てる。
「顔色も回復したわね」
鏡の中の俺は別人みてえだ。なんていうか、事後っぽい。イイ感じにセミロングのウィッグがばらけて目が潤み、めちゃくちゃにしたくなる色っぽさが漂っていた。
物欲しそうな顔を見返してると、呉哥哥が親指で唇を拭ってぼやく。
「まず。メンソールか」
「……恨みますよ」
「いじめられんの好きだろ。行ってこい」
布が多いドレスでよかった、勃ってんのがバレずにすむ。縄をほどかれて立ち上がりしな、かくんとよろめく。当たり前みてえに呉哥哥に抱き止められた。
「歩き方意識しろ。座る時股開くな」
「太腿さわってきたらどうします?」
「好きにさせとけ」
「中まで突っ込んできたら」
「バレねェ程度に上手くあしらえ」
「ぜってえバレる」
無茶振りにいじければ、顎に指をねじこんで上を向かされた。サングラスの奥の目は笑ってねえ。
「お前は辱められてる時が一番そそる」
いきなり何ぬかす。俺の動揺を無視してさらに近付き、耳たぶに湿った吐息を吹きかける。
「内股で歩けるか心配ならケツにバイブかローター突っ込む?ランダム切り替えで遠隔操作できるヤツ、オークション中はどうせうるせェから音漏れ気にすんな、下の口からヨダレ吹いてろ」
「や、だ、嫌です」
「じゃあしゃんとしな。背筋伸ばせ、顔上げろ、前を向け」
「トチったら……」
だしぬけに背中をぶっ叩き、ちびりそうな笑顔で威圧。
「お仕置き」
恐怖と期待で体が震える。
俺はドMだ。
追い詰められて脅されて、なのに興奮してる。
「……わかりました、やるだけやってきます。その代わりあのデブをおとせたらご褒美ください」
「何だって?」
やられっぱなしは癪だ。俺だって見返りが欲しい。
呉哥哥に耳打ち。一瞬眉を跳ね上げてから破顔し、続いて大声で笑いだす。
「劉~お前コメディアンの才能あるぜ、俺様ちゃんと交渉構えるたァたいしたタマだ」
「約束してくださいね」
わざとらしい咳払いに振り向けば、大家がジト目で待っていた。
「公開羞恥プレイはおしまい?アンタ達の性癖や関係はどうでもいいけど、時間がないならさっさとレッスンに移りましょ」
「レッスン?」
「その歩き方じゃ表に出せないわ。男を虜にするウォ―キングを教えてあげる」
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