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Peacock Revolution 前

呉哥哥のセックスは下品だ。 「んあっぁあッ、ぁふぁッんっやぁ、ィくっィくゥ―――――――ッ!」 女の肌が極彩色に映える。喘ぎが1オクターブ上がる。 ネオンで裸を斑に染めた女が踊り狂えば、背中にのしかかった男がほくそえむ。 「おらよイッちまえ」 心の中でカウントする。今ので通算14回目のイく、記録更新おめでとさん。イくイくイってるわりにゃもってっからリップサービス入ってんだろうか? 呉哥哥がバックスタイルをとらせた女の尻に激しく打ち付ける、節操なさは発情期のオス犬とどっこい。思わず舌打ちが出かける。 「よくやるぜ全く……」 さすがは精力絶倫のガラガラヘビってところか、少しは見張りをする舎弟の身になってほしい。 マーダーオークションの会場は通称マーダーホールと呼ばれている。 人殺しの穴……悪趣味な名前。 見た目は豪華絢爛な総大理石の殿堂で、正面玄関に続く長ったらしい階段を紳士淑女が上り下りしている。 ほどなく黒塗りの高級車が乗り付け、油ぎった金持ちがご登場。随分と恰幅がいい、高級スーツの腹ははち切れちまいそうにせり出していた。 指の間の葉巻を口に運び、きざったらしく煙を吐き出す男を見るともなく眺め、靴に犬の小便ひっかけられちまえと呪詛る。 俺がいるのは表玄関の賑わいから離れた路地裏、呉哥哥は気まぐれに買った商売女を買ってガンガン犯す。好みの女は摘まみ食いせずにいられないのがこの人の悪い癖だ。柔い尻たぶを掴んで突き上げ、仰け反る咽喉にキスをし、囁く。 「ハメ心地最高。俺様ちゃんの倅にぴったりだ」 黄色いサングラスの奥じゃ獰悪な蛇の瞳が嗤ってる。 そういやでかける前にとくだらねェ賭けをしたっけ。呉哥哥は下の毛も真っピンクなのか、アレははたして地毛なのか暇人どもが気にしてる。前回呉哥哥が愛人を犯して殺す現場に立ち会ったが、当時は暗くてよく見えなかった。そもそも野郎の股間なんか好き好んで見たくねェ。はだけたシャツの合間から覗く、全身の古傷に目を奪われたってのもある。他の連中も同様だ。 で、現在。呉哥哥の下の毛がピンクかそれ以外の色かで舎弟どもは賭けをしていた。俺は下もピンクに八千ヘル賭けた。一応中華系なんで順当に考えるなら地毛は黒だろうが、この人なら陰毛も染めかねない。なんたって露出プレイもお構いなし、生粋の破廉漢なのだから。 『お前確かめてこいよ、呉哥哥のお気に入りじゃん』 『えー……やだよ』 『そういわずに頼む、気になって気になって薬で飛んだ時しか眠れねェんだ』 『だりー……』 『哥哥が女とヤッてる時にチラッと見るだけでいいから。な?』 『な?じゃねえ、デバガメだろそりゃ。ンなに気になんなら自分で見りゃいいじゃん、土下座で頼めばいちばち拝ませてくれんじゃねえの』 『馬っ鹿、兄貴のチン毛の色で賭けしてんのばれたら殺されちまうっ!』 『こないだは竿が真珠入りかどうかで賭けてたよな?』 『チクったらテメェの煙草加湿器の上に置く』 『地味に嫌すぎるいやがらせだな』 舎弟仲間にけしかけられた俺は、嫌々・渋々呉哥哥の陰毛の色を探る事になった。この世で一番くだらねェ任務、次点はクリスマスの夜の募金集めだ。まあ、ぶっちゃけちまうと小金は欲しい。仮に下の毛がピンクで予想が的中したら丸儲けだ。 心は決まった。 路地の出入り口付近の壁に凭れたまま、そ~っと首を伸ばす。暗いし距離があって視認できねェ。もうすこしで見えそうなんだが角度が問題。 呉哥哥が腰を止めず振り向く。 心臓が止まる。 「ちゃんと見張ってろよ、護衛連れてきた意味ねーじゃん」 「スイマセン」 「何?デバガメ?まざりてえ?」 「滅相もねえ」 「3Pするか」 「額の真ん中に三個目の耳穴増設します?」 合間合間に甲高い嬌声が混ざってカオス。大人しく首を引っ込め、そこらを歩ってる鳩でもできる反省のポーズ。悪趣味でサイケデリックな柄シャツをまさぐり、しけったメンソール煙草を摘まむ。 「アホくさ……どうでもいい人生のそんなに貴重でもねェ三分間を無駄にしたわ」 哥哥の下の毛に興味はねえ、何色だろうが関係ねえ。上司の股ぐらをガン見したツケで急に虚しくなる。あーくそ、死にてェ……今なら死ねっかも。やっぱ駄目、取り消し。ここで死んだら「3Pに まぜてもらえず 悶え死に」とかしょうもねえ俳句を詠まれる。 「あンあぁッぁっ――――――――――!」 イくイく詐欺をしてた売女がとうとうイッた。大きく仰け反り絶頂し、次いでぐったり弛緩。やることやってスッキリした呉哥哥がジッパー上げてブツをしまい、思い出したようにコンドームをポイ捨て。先端の精子だまりを紳士の社交場と名付けた奴は皮肉が利いている。 俺は事務的にお伺いを立てる。 「済みました?行きましょ」 「|了解《りょ》」 着衣の乱れを直し軽くこたえる呉哥哥。今宵のお召し物はパイソンレザーの銀鼠色ジャケットとチェーンを括ったズボン、相変わらず俗悪な方向に金がかかってやがる。 「締まり上々じゃん。またヤらせてくれ」 「お待ちしてるわ、旦那」 立ち去り際、まだ疲労困憊でいる女の胸の谷間に筒状に丸めた紙幣をねじこむ。たんまりチップを弾んだ呉哥哥は上機嫌、おこぼれに預かった女も上機嫌。音痴な鼻歌を奏でてホール正面に出てく上司を追っかけ、ぼやく。 「オークション開始時刻に間に合わなかったらどうすんすか、ヒヤヒヤしました」 「そん時は繋がったまま行く」 「マジやりそうだから怖いんだよな」 立位もとい、女を抱き上げて堂々入場する呉哥哥の姿は容易に想像できた。 「ていうか女連れでくるのがステイタスならテキトーに馬鹿っぽいの見繕っときゃいいじゃないですか、|璃茉小姐《ヤーイーシャオジェ》とか」 「お前なァ、そこで名前だしたら可哀想じゃんか。アレでも一応俺様ちゃんの愛人ちゃんだぞ」 「あの女俺が赤くなんの知っててランジェリーショップはしごすんですよ、性悪め。スケスケとか紐とか平気でエグいの買うし」 「俺のリクエストだよ」 「……あ、そっすか」 棒読みで受け流す俺の隣に並びけらけら笑いだす。 「璃茉はお前にお熱だかんなー。好みのうるせェわがまま娘なもんで、今まで付けた若ェのは顔が気に入らねェとか物言いが無神経だとかで全部クビ。荷物持ち務まった日数じゃ新記録叩きだしたんだぞ、胸張れ」 「世界一嬉しくねェ記録」 付け加えんなら、アナルほじくられたのは永遠に封印してえ記憶。コイツが甘やかすから調子のるんだ。呉哥哥が呟く。 「さっきの女、ガキがいるな」 「なんでわかるんすか」 「体の線で一発よ、童貞にゃわかんねーか。アソコの締まりのよさも立ち姿だけでわからァ」 経産婦かどうか一瞥で見抜く才能……全然羨ましくねえ。ドン引きする俺を横目で睨み、クソ上司が挑発する。 「俺様ちゃんにいわせりゃお前のが異常だよ、毎度毎度見るだけで満足か?たまにゃ気合入れてまざりにこい」 「上の口と下の口同時に犯すんすか?ポルノの見過ぎっすよ」 大前提として女は苦手だし、他人にセックスを見せ付けて悦ぶ趣味もねェ。俺はげんなり突っ込む。 「ワンパな童貞いじりやめてください。『3Pに まぜてもらえず 悶え死に』とかテキトーな俳句詠むのも却下」 「俺様ちゃんが詠むなら『童貞が 3Pまざれず 生殺し』だよ」 「同じじゃん」 「悶え死ぬとの生殺しはちげぇよ。半殺しと全殺し位ちげェ」 呉哥哥が人さし指でちょいちょい招く。いかねえと後が怖ェ。のろくさ接近するやいなや、シャツの裾で手を拭かれた。 「げっ!ちょ、待っ、やめてください!」 「テメェが着てるシャツは悪趣味でサイケデリックな雑巾だろ?」 いくらなんでも酷ェ、あんまりだ。服から女の愛液と呉哥哥のザーメンが匂ってくる。 俺のシャツで手を浄めた呉哥哥は軽快な足取りで階段を上り、エントランスに入ってく。 言い忘れたが、今夜の俺は呉哥哥のお付きとしてここにいる。 呉哥哥は快楽天で一大勢力を誇るチャイニーズマフィア、「蟲中天」の幹部だ。今も昔も武闘派でブイブイ言わせてる。大組織の幹部ともなると社交の一環として色々な場所に出向かなきゃいけないわけで…… 「お~盛況だな」 オークション会場じゃ人々がさざめいていた。ガチで落札狙いもいりゃ当然ただの見物人もいる。ホールの高所に張り出たVIP席にゃ赤いカーテンが引かれていた、噂じゃ市長が来ることもあるとかないとか。 居心地悪さを感じて挙動不審にあたりを見回す。PPPの社長とその愛人は来てねえらしくて一安心、眼球狙われんのは願い下げだ。 「痛でっ!?」 「猫背はだせェからやめろ。しゃんとしな」 ゴツいブーツで脛を蹴られた。涙がでるほど痛ェ。膝を抱えて悶絶する俺の方へ靴音が急接近、釣られて顔を上げりゃ赤ん坊みてえに肌艶が良いデブがいた。 「呉さんじゃないですか。奇遇ですな」 思い出した、さっき高級車から下りてきた奴だ。傍らにゃけばけばしい美女がいる……多分高級コールガール。男のツラを見るなり呉哥哥が胡散臭えほど爽やかな笑顔に切り替わる。 「ご無沙汰してますミスターバブル、お会いできて光栄です」 敬語使えたんだこの人……一瞬耳を疑った。ミスターバブルと呼ばれたデブは女の腰に手を回したまま、残りの手で哥哥と握手する。 「お店の経営が軌道に乗って何より。私もすっかり常連です」 「ご贔屓にしていただいてどうも」 「呉さんの見立てには間違いありませんね、上玉が揃ってます。欲を言うなら未成年を増やしてほしいですが」 「すいませんね、18以下は採らねえのがうちの方針なんです。サバ読んでんのは面接で弾くんで」 「もったいない……事業家の立場から意見を述べさせてもらうと、折角のビジネスチャンスをふいにしてますよ?何はともあれ貴方がたとは引き続き良好なパートナーシップを築いていきたいですね、公司《カンパニー》に卸してもらった漢方や香辛料、それにお香はセレブに人気ですから。新作も売れ行き好調です」 どうやら二人は知り合いらしい、話が弾んでる。邪魔しちゃいけねえとちょっと離れて聞き耳を立ててると、デブの視線がこっちに向く。 「彼は?貴方の部下ですか」 「はい。社会勉強の為に連れてきました」 頭のてっぺんから爪先まで値踏みしたのち、デブの口角が歪む。 「随分貧相な若者ですね。おっと失礼」 は? 「ちょっとおバブたん、木琴みたいなあばらとか言っちゃだめだって」 「すまないね、顔色の悪さが気になったもので。きちんと食べさせてもらってるのかい?よもやドッグフードしか提供されてないんじゃなかろうね」 「最近のドッグフードは結構おいしくて栄養あるって聞くよー、逆に健康食だよ」 あ? 次の瞬間コヨーテダドリーの仕打ちがフラッシュバック、最悪の気分になる。さらにデブはコールガールのケツを揉みしだきながら得意げにのたまった。 「マーダーホールにドレスコードがもうけられてないのを感謝したまえよ。君の上司にも言える事だが……何故マフィアは俗悪の極みのファッションを好むんだろうね、全く理解できん」 「お手柔らかにお願いしますよ社長、コイツドMなんでいじめられると喜んじまいます」 呉哥哥がごくさりげなく俺とデブの間に割って入る。顔には胡散臭ェ笑みが張り付いたまま……気持ち悪ィ。いや、それ以上にらしくねェ。PPPのCEOにもタメ口だった男が何ご機嫌とってんだ、情けなくねえのかよ。 胸の内に屈辱と怒りがこみ上げて拳を握り込む。その後短い会話を交わして呉哥哥とデブは別れた。 「哥哥」 「黙っとけ」 踵を返した直後、デブがテメェの背広で手を拭くのを見ちまった。呉哥哥と握手した方の手……ちらりと盗み見た横顔にゃ生理的嫌悪と醜い優越感が滾ってる。 頭が真っ赤に燃えた。咄嗟に糸を出し……諦めて引っ込める。 まだ幕が上がってもねェうちから騒ぎをおこしてどうする、呉哥哥の立場がねえ。それでも納得できず、席に戻りながら吐き捨てる。 「……手ェ拭いてましたよ」 「綺麗好きだよなあ」 本当はわかってるくせに。デブが手を拭いたのは別の理由、差別的な信条からだ。シートにどっかり掛け、呉哥哥がしたたかにニヤ付く。 「さわっても鱗は伝染んねーのに」 「ほっとくんすか」 「ほっとけ」 「でも」 頭をはたかれた。呉哥哥があきれはてる。 「ありゃ公司のお得意さんだ。知らねえかミスターバブル、フェニクスほどじゃねえがテレビにも出てんだろ」 「聞いたことはあります。アップタウンの金持ちども相手に手広く商売してる」 公司は蟲中天の出向企業で、煎じて飲めば二十歳若返る木の根っこだの寿命が延びる草だのインチキくせえ漢方を売ってる。この売り上げが本家の資金源になる……まあマフィアがマネーロンダリング目的で立ち上げた会社だとでも思ってくれ。 「だったら話は早ェ、鼻持ちならねェ成金だが取引先たァ仲良くしねェとな」 「言われっぱなしでムカツかないんすか。牙を抜かれたガラガラ蛇っすね」 アンタはもっと傍若無人な人だったはずだろ? 「手ェ拭かなくてもよかったのに」 やりきれない感情に苛まれて俯けば、隣席の呉哥哥が足を組み替え覗き込んできた。サングラス越しの蛇の瞳にドキリとする。 「だって臭ェじゃん?」 「……っすね」 仕方なく頷く。同時にゆっくりと照明が絞られ、ホール全体に高揚を孕んだ闇が広がりゆく。 『レディースエェェェェンドジェントルメン、ようこそお越しくださいました!これより記念すべき第500回のマーダーオークションを開催いたします!』 ホールを埋めた観客どもが、マイクを握って舞台袖から出てきた司会者に拍手喝采を浴びせる。髪の色は偶然か、呉哥哥とおそろいの派手なピンクだった。俺の記憶が正しけりゃ何年も前に引退したコメディアンのはず…… 「劉。忠誠の褒美にでっけえ秘密を教えてやる」 不意打ちの発言に向き直りゃ、呉哥哥がやけにキラキラした目でステージ上の司会者を見詰めている。 生唾飲んで待ち構える俺をよそに司会者に顎をしゃくり、哥哥が告白する。 「俺様ちゃん、アイツの大ファンだったのよ」 真面目に聞いて損した。どうせそんなオチだろうと思ったよ畜生。その後オークションはスムーズに進行し、いずれ劣らぬ悪趣味なアイテムが落札されていく。 「|通し番号《ロットナンバー》102010レイヴン・ノーネームの折れた絵筆は952万ヘルでバブル氏に落札ゥゥ、おめでとうございます!」 「またやられた、狙ってたのに!」 「バブル氏ってば太っ腹ですのね、株で儲けた噂は本当かしら」 「手あたり次第根こそぎにしてく感じだねェ」 司会者のご指名を受けたデブがニヤケ顔で登壇、ビロードの台座にのっかった絵筆を恭しく受け取る。わずか1万ヘルで競り負けたマダムがヒスってハンカチを噛み、ちょび髭紳士がいらだたしげに舌打ち。 「……確かに羽振りはよさそっすね」 「マーダーオークションは成金が財力見せ付ける場所だかんな。ライバルへの牽制にもなる」 「自己顕示欲強いタイプでしょ絶対」 そうこうしている間に一時間が経過した。いよいよクライマックス、だらけてきた客席の雰囲気を引き締めるように司会者が声を張る。 「お次は本日のサプライズ!皆さま後ろにご注目ください!」 言われた通り体ごと振り返る。ホールの遥か後方、ちょうど真ん中あたりに位置する俺たちの席から離れた場所にハイレグがきわどいバニーガールが立ってた。 「すこぶる見事な脚線美」 「そっちじゃねえでしょ」 バニーガールの手から放たれた梟が天井すれすれを飛び、スポットライトが当たるステージへ滑空していく。|夜梟《ナイトアウル》の凱旋。 「ステージ中央をとくとご覧ください。|通し番号《ロットナンバー》102052、鳥葬の街で業火の試練をくぐりぬけた|夜梟の聖書《バイブルオブアウル》の登場です!」 盛大にスモークが焚かれる。濛々と立ち込める煙の向こうがわ、台車に立てかけられているのはボロボロの聖書。表紙には焦げ跡がある。 「アレが目玉?ただの汚ェポケット聖書じゃないっすか、ねえ哥哥」 黒く煤けた聖書に拍子抜けした俺をよそに、呉哥哥は顔色を豹変させ、食い入るようにステージ中央を見詰めてる。人を食った笑みは完全に消し飛んでた。 「哥哥?」 「……冗談キツいぜ、おい」 苦りきった独白。司会者が口上を述べ立てる。 「ここにございますのは伝説的スナイパーにして賞金稼ぎ、稼ぎ名・夜梟が愛読していた聖書です!」 「夜梟だって?」 「3キロ先からでも標的を仕留めたっていうあの?」 「ふた昔前にぱったり消息を絶って以来音沙汰ないから死んだと思ってた」 会場中がどよめき、紳士淑女の顔が期待と欲望に輝く。司会者が大手を振って叫ぶ。 「一説によると夜梟は大変信心深い性格で肌身離さず聖書を持ち歩いてたとか。彼の私物がオークションに出回るのは非常に貴重です、この機会を逃せば二度とお目にかかれません!今宵のマーダーオークションにいらっしゃいました皆さまは実物をご覧になれただけで一生分の運を使い果たしたと断言できます。さらにお詳しい方ならきっとご存じのはずです、夜梟はバードバベルを滅ぼした張本人、今ここにあるこの聖書こそが|彼《か》の地の惨劇の目撃者、夜梟の罪の証人なのです!」 呉哥哥が舌打ちして前の席の背凭れを蹴る。気の毒な男がびくりとして振り返り、慌てて首を戻す。夜梟……名前だけは知っちゃいるが…… 「バードバベルの災厄を生き残った聖書か。コレクター魂をくすぐります、是が非でも手に入れなければ。幸い私と張る財産家はいらっしゃらないようですし楽勝でしょうか、好敵手が現れないのは些か残念といいますか物足りないですが」 聞こえよがしの大声に目をやりゃ、例のデブが鼻息荒く興奮してやがった。嫌なものを見た。 「では早速オークションに移らせていただきたいと思いま……何、休憩の入れ忘れ?前が押しててうっかり?困るよそーゆー大事な事はちゃんと言ってもらわないと」 舞台袖から歩み出たバニーガールに耳打ちされ、汗顔の司会者が仕切り直す。 「大変申し訳ありません、夜梟の聖書の競りは30分の休憩をはさんで再開とさせていただきます!」 司会者がゴングを叩き、周囲の客たちが一斉に離席する。 「来い」 「え、ちょ、連れションっすか」 俺も呉哥哥に腕を引っ張られ外に出る。ホールの外の通路は人でごった返してた。呉哥哥が目指すのはさらに奥……楽屋だ。 「ここ立ち入り禁止エリアじゃないんすか、勝手に入って大丈夫っすか」 「腐ってもパトロン、後でどうとでもなる」 呉哥哥が鋭い眼差しで断言する。 「落とすぞ劉」 「聖書を?えっ、なんで?聖書とか絶対読まねーキャラでしょ、そもそも字が読めるか怪しいのに。聖人向けの本なんすから成人向けの袋綴じとかねーですよ、いてッ!?」 足を踏まれた。理不尽だ。続いて壁ドン。呉哥哥が俺の顔の横に手を付き、圧をかけてくる。 「俺様ちゃんが欲しいから。それ以外に理由いる?ん?」 「……ねっす」 笑ってねえ笑顔にびびる。プレッシャーに負けて返事をすりゃ、呉哥哥は既に思考タイムに入ってた。 「次のターンでもデブがでしゃばんのは確実だ。作戦考えねェと」 呉哥哥は何故か聖書にご執心、是が非でも手に入れる気満々だ。おそるおそる意見する。 「デブに落札させて脅し取るのはだめなんすか?帰り道で後ろからガツンと」 「萎える」 「ハイ」 「粋じゃねえ」 「スイマセン」 「ていうか話聞いてた?あのデブは公司のお得意さん、ビジネスパートナー。闇討ちなんてできるかアホたれ、上にバレたら俺様ちゃんがぶっ殺されるか干されるわ」 「えーと、正々堂々競り勝ちたいんスよね。じゃあ札束あるだけぶっこめば」 「手持ちが尽きちゃ話にならねえ、今の時間は銀行もやってねえ」 「残弾数で負けてんのか……詰みましたね」 「策がある」 嫌な予感。呉哥哥がおもむろに俺の顎を掴んでねじる。ねちっこい値踏みの視線。 「喉仏隠しゃイケるか。劉、お前ハニトラやれ」 「男っすよ」 「色仕掛けで気を散らせ。全力でよそ見させろ」 「男なんすけど?」 前々から頭おかしいと思ってたが本格的にイカレちまった。サングラス越しの目は底抜けにマジだ、軽々しく茶化そうものならどてっ腹に鉛弾ぶちこまれる。呉哥哥が俺を顔ごと引き寄せ、二股の舌を躍らす。 「アイツがどうしようもねェエロ親父なのはわかったな?」 「オークション中も片手でおさわりしてましたね」 「顔は正面向いてた。そこそこ付き合い長ェからわかんだよ、バブちゃんはド直球ド好みの女を至近距離で視姦する」 「女装だけは嫌です。てか服はどこに」 「楽屋にドレスが揃ってる」 「メ、メイクは?俺知らねっすよ、顔色悪いとかあばらが貧相だとかおもいっきりダメ出しされたでしょ絶対バレるに決まってますって、男が女装したらよっぽど鈍くねー限り確実に気付きます!」 「タッパがあってハスキーボイスの美女でいけ」 おいおいおいおい。 壁際で汗だくの俺に詰め寄る呉哥哥、ふざけた思い付きに酔ってんのか顔に余裕がでてきて今じゃ完全に楽しんでる。鬼畜な笑顔に向かって音速で首を振りささやかな抵抗を示す。 次の瞬間。 「話は聞かせてもらったわ」 ショーのラストにランウェイを歩くが如くエレガンスな足取りで参上したのは、毛皮のコートを羽織ったドラァグ・クイーン。 「店子が困ってるのにほっとけない」 高飛車に顎をそらし、手の甲でウイッグをかきあげ、強烈なオーラを放って踏み構える。 「私はメスより美しく着飾るオス孔雀。メイクとファッションの事ならアンデッドエンドに舞い降りたミューズ、マダムピーコックにおまかせあれ」 仁王立ちするオネエを見返り、珍しくあっけにとられた呉哥哥が一言。 「……誰?」

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