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第2話

「三人目の|犠牲者《ヴィクテム》が最後に目撃されたってなアここか」 「一昨日。常連と会ってたらしい」 店内から吹き付ける酒精に気分が悪くなる、嗅いだだけで酔ってしまいそうだ。路地のどん詰まりでさんざん嗅いだ、人間がはらわたから腐ってく匂い。 ここに来る前三人目の犠牲者、エラの恋人に聞き込みを行った所この店を教えられた。生前の彼女は3ブロック先の路地、もしくは酒場で客と交渉していたらしい。 「俺様ちゃんが仕入れた噂じゃタチ悪い連中がたまり場にしてるみたいだぜ」 「タチが悪いって」 ナイトアウルが流し目で催促する。 一呼吸おき、頭の後ろで手を組んだラトルスネイクがもったいぶって口角を上げた。 「スケイル・キラーズ」 「……エペソ4:27、悪魔に機会を与えてはならない」 かすかに歪んだ顔に嫌悪感が発露する。 両脚に捕らえた蛇が共食いをおっぱじめてしまったフクロウのごときリアクションに、ラトルスネイクが突っ込む。 「そのエペソって何よ」 「新約聖書の一章、エペソ人への手紙」 「ンだよパクリか」 「パクリじゃない引用だ」 むきになって訂正すればラトルスネイクはますます調子付く。 「いちいち頭ン中で聖書引いて話して面白ェの、まどろっこしい」 「ほっとけ、癖なんだよ」 「オンナ抱く時も神様かぶれのフレーズ持ち出すわけ?どっちらけだな」 「下品な奴だな」 「もしかして童貞?|孔に挿れたこと《ホールイン》ねーの?」 人さし指と親指の輪っかに反対の人さし指を抜き差し、意地悪くニヤケるラトルスネイク。 ナイトアウルは不機嫌になる。 「僕が女の子を抱いてようが抱いてなかろうが関係ないだろ、集中しろ」 「聖書を引用しなきゃ勃たねェとか?ヤキが回った性癖。ああ悪ィ悪ィ突っ込まれる方専門か、そっちの方が似合ってるもんな。いい声で啼くんだろ」 『いい声で啼くんだね』 忌まわしい記憶が蒸し返され、咄嗟に相棒の胸ぐらを掴む。 ラトルスネイクは避けもしない。わざとナイトアウルに自分を締め上げさせ、至近距離からねちっこく舌なめずりして覗き込む。 「大人しそうな顔して変態かよお前」 ラトルスネイクの手がしなやかに腿を這い、挑発的にくねって股間にすりよっていく。すかさずはたき落とし、ナイトアウルが凄む。 「『汝姦淫するなかれ』の教えを忘れたか?復唱しろ」 「舌がヤケドしちまうね」 二股の舌を出し入れ、ケラケラまぜっ返すラトルスネイクにいらだって吐き捨てる。 「蛇は悪魔の眷属だからな」 「今の差別発言?いーけねーんだアウルちゃん、俺様ちゃん超傷付いた。慰謝料は体で払えよ」 もはやラトルスネイクには構わず、ポーカーフェイスを装ってスナイパーライフルを担ぎ直す。 「人種は関係ない、お前の言動が悪魔的なんだよ」 スケイルキラーズとは主に爬虫類系ミュータントを対象とする、差別主義者の俗称だ。爬虫類系ミュータントへのリンチやレイプ、その他誹謗中傷をはじめ、アンデッドエンドに蔓延る|憎悪犯罪《ヘイトクライム》を扇動している。 案の定、中の空気が淀んでいた。天井では四枚羽の換気扇がだるそうに旋回している。 太陽もまどろむ昼下がり、敷居を跨いだ奇態な二人連れは、酒瓶の残量を手にとり調べている親父の不興を買った。何せ片方はスナイパーライフルを背負った少年、もう片方は右半身が鱗で覆われたミュータントだ。 「ガキの来る所じゃねえぞ、ひやかしなら出てけ」 手の甲で追い立てる親父を無視し、鋭い視線を配って客の人数と位置関係を把握する。 その店は|標準的《オーソドックス》な造りをしていた。二階は売春宿、一階は酒場というよくあるタイプ。吹き抜けの一階ではあらくれたゴロツキどもがくだを巻いている。見た所全員人間、ミュータントは含まれていない。 「おい聞いてんのか!」 堪忍袋の緒が切れて怒鳴る親父に対し、ライフルケースのストラップを引いて慇懃無礼に述べる。 「ジンジャエールで」 「俺様ちゃんはマムシ酒。瓶ごと持ってこい」 「おいてないし。そもそもご先祖様のエキス啜るなよ」 「知らねーの、精が付くんだぜ」 「付けてどうする」 「頭が固ェなあアウルちゃんは。んじゃテキーラミルクにチェンジ」 「は?」 勘違いかと思って聞き返す。 「今なんて」 「テキーラミルク」 「本気で飲むのかそれ」 ナイトアウルが死ぬほど嫌な顔をする。 注文さえすれば問題ないと解釈し、今度こそ渋面で黙り込む親父の前を堂々突っ切っていく。 「いい気味だぜあの女、おっ死んだんだってな。スケイルキラーズさまさまだ」 中央のテーブルを占めた飲んだくれの集団。アルコールが回り赤らんだ顔にはゲスな笑みが浮かんでいる。 ジョッキを呷って哄笑する男の隣、飲み友達の一人が卓上に身を乗り出して惜しむ。 「舌テクはよかったんだろ?蛇女のフェラは最高だっていうからな」 「二股のベロがちょうどいい具合にカリと鈴口にあたんのよ」 「チクる前に回してくれりゃよかったのに、一人だけいい思いしやがって」 仲間たちのブーイングに悪びれず開き直り、男がジョッキを掲げる。 「腐れミュータントの蛇女が、人間サマに逆らうからお仕置きしてやったんだ。本命にもヤらせてねェからケツに入れんのは嫌だとさ、売女の分際で出し惜しみしやがって」 「でもよ~舌とうなじの鱗で気付いてからも恩恵に預かってたんだろ?」 「一番安かったんだよ、値段のわりにゃ孔の締まりもよかったし」 男の暴言にナイトアウルは真顔になる。テーブルの傍らで立ち止まる二人に、非友好的な視線が突き刺さる。 「その話、詳しく聞かせてください」 「ンだガキ。何者だ?」 「エラさん……この界隈で先日殺害されたスケイルアビューズの犠牲者をご存じですか?恋人が犯人に懸賞金をかけたんです」 「んで俺様ちゃんたちはオンナが最後に目撃された店に聞き込みに来たってわけ」 「賞金稼ぎか?ちなみに懸賞金て何ヘルよ」 「|五本指《フィンガーファイブ》」 ラトルスネイクが薄っぺらい笑顔のまま結んだ手を開く。一人が口笛を吹いて囃す。 「500万ヘル?太っ腹じゃん」 「50万ヘルです」 ナイトアウルが正直に答えると一瞬沈黙が生まれたのち、けたたましい爆笑に包まれる。椅子から転げ落ちんばかりに笑い狂い、テーブルに突っ伏して天板を叩く飲んだくれを、ナイトアウルはただ黙って見詰めている。青く冴えた目が映す外道の醜態は不快さを極めていた。 「たった50万ぽっちかよ可哀想に、それじゃろくな賞金稼ぎ雇えねえだろうな!」 「棺桶代にあてた方がよかったんじゃねーの、ド底辺の貧乏人は惨めだよなあ」 仏頂面の親父がジンジャエールとテキーラミルクを荒っぽく置いて去る。グラスの底をテーブルに叩き付けたせいで、中身が三分の一飛び散ってしまった。 「あなたがスケイルキラーズに密告したんですね」 ナイトアウルが静かに質問するや笑いが止み、正面の男の目が凶暴そうに据わる。 「アイツが死んだのは俺のせいだっていうのか」 ナイトアウルは肩を竦め、口調だけは大層礼儀正しく切り出す。片手はすぐ動けるようにライフルケースのストラップにかかっていた。 「あなたがしたことは間接的な殺人と同じでしょうけど、今はどうでもいいです。僕たちはただスケイルキラーズの顔と名前、アジトが知りたいだけです。教えてくれれば大人しく帰ります。たとえ大酒と泥酔が神を不快にし健康を害する罪だとしても、あなたがあなたの意志で身を滅ぼし地獄に堕ちるというなら与り知るところじゃありません。せいぜい大八圏、第八の嚢の業火で焼かれたらいいんじゃないですか」 「ウェルダンの|肝臓《キドニー》一丁上がり」 饒舌な相棒にラトルスネイクが付け足し、毒気をぬかれた男が仲間に耳打ちする。 「第八圏第八の嚢ってなんだ?お前知ってる?」 「娼館の名前じゃね?」 「権謀術数をもって隣人を欺いた者が火焔に包まれて悶絶する地獄。そんなことも知らないんですか、悪党の常識ですよ」 ラトルスネイクがナイトアウルの足を蹴って目の温度を下げる。 「喧嘩売ってんの?聞き込みの仕方わかってる?」 「……やり方が不満ならまかせるよ」 ジンジャエールの一気飲みで喉の渇きを癒すナイトアウル。ラトルスネイクはへらりと笑って男たちに向き直る。 「わりぃなオッサン、コイツ駆け出しなもんで口の利き方なってねェのよ。スケイルキラーズのねぐら教えてくれたら50万ヘルから分け前を」 ラトルスネイクの顔面にテキーラミルクがぶちまけられた。 「アブノーマルは引っ込んでろ」 ベリーショートのピンク髪とサングラス、上着からぽたぽた雫が滴る。 「……飲まねーですんでラッキー」 「やっぱりノリで注文したんじゃないか」 「るっせ」 笑顔のまま強がるラトルスネイクにナイトアウルは嘆息し、飲んだくれの野次が飛ぶ。 「同族の弔い合戦か?鱗持ちは執念深ェからおっかねえ」 「50万ヘルから手間賃さっぴいたって小遣いにもなりゃしねえよ、一昨日きやがれ」 「スケイル・キラーズのたまり場を教えろ」 ラトルスネイクが色眼鏡を外して顔を拭く傍ら、ナイトアウルが一歩前に出て詰め寄る。 チクリ魔がふてぶてしく唇をねじり、ナイトアウルのコートの襟を鷲掴みにする。 「交換条件だ。お口でご奉仕してくれよ」 カウンター奥の親父は知らぬ存ぜぬでコップを磨いている。救いの手は期待できない……いや、はなから期待してもいない。 「開けろ。れろれろするんだよ」 醜悪なチクリ魔が発情し、せっかちにジッパーをおろす。小便臭く萎びたペニスが股ぐらからたれさがる。 「ただでネタ掴もうなんざ甘いんだよ、足と口使って稼げや。上手にできたら連中のねぐらを教えてやっから」 「男でもイケるクチかよ、節操ねェな」 「上の口ならどっちだって同じだろ?」 あきれ顔の仲間を尻目にナイトアウルの頬や首筋をなでまくり、熱い吐息を吹く。肌をまさぐる汗ばんだ手の感触がおぞましい記憶と結び付き、フラッシュバックが爆ぜる。 「やめてください」 冷淡な無表情はそのままに、ライフルケースのストラップを手が白く強張るほど握り締め全身で拒絶する。チクリ魔はやめない。モッズコートをはだけ、シャツの下の貧相な体をまさぐりだす。 「お肌がすべすべだな。喉仏も張ってねェ。腰が細くてそそるよ」 「じゃあ俺は鱗持ちのガキをご指名だ」 「マジかよゲテモノ食い」 「うるせえ、二股フェラ体験してーんだよ」 蛮族しかいないのかよこの酒場は。 辟易するナイトアウルをよそに、ラトルスネイクは何を考えたか顎に手を添え、艶めかしく赤い舌の先端を挑発的に踊らす。 「いいぜ別に減るもんじゃなし、|ゴッドタン《神業フェラ》で昇天しろよ」 ゲテモノ食いがラトルスネイクの髪を掴んで引き寄せる。 「ッぐ、」 引き寄せられる瞬間、ずれた色眼鏡の奥の瞳が光る。ナイトアウルは正しく意を汲む。 ライフルケースを颯爽と取り去り、露出した長い銃身でテーブル上の瓶やコップを薙ぎ払い、椅子ごと仰け反る男たちに引鉄を絞る。 「ラトルスネイク!」 「是的!」 酒場の床に弾痕が穿たれ硝煙が上る中、髪を掴んだ男の腹に強烈な膝蹴りをくれ、吹っ飛ばした勢いに乗せて裏拳と回し蹴りを放ち、刹那に二人を制圧。 「畜生なめやがって!」 「なめさせよーとしたのはそっちじゃん」 「言えてる」 凶暴な笑みを剥くラトルスネイクと背中合わせに立ち、スナイパーライフルを構えたナイトアウルがわずかに口元を緩める。 即座に回って立ち位置を交換、鮮やかな手さばきでジーパンから引き抜いた拳銃でチクリ魔の顎を殴って脳を揺らす。反対の銃は残り一人のこめかみに叩き付け、たたらを踏んだ隙に付け込み、床にしゃがんだナイトアウルが足を払った。 テーブルと椅子を巻き込んで倒れた飲んだくれ一味。店を破壊された親父は真っ青だ。 「スケイルキラーズはどこにいるんだ?」 「この……あぢぢぢっ!?」 まだ熱いスナイパーライフルの銃口を焼き鏝よろしく押し当てれば、チクリ魔の額から一筋蒸気が上がる。 「スケアクロウって廃モーテルだよ、そこの二階をたまり場にしてる!気に入らねェ野郎連れ込んでボコったり女連れ込んでマワしたり、毎日のようにバカ騒ぎしてるよ!」 「お前も仲間だろ」 脂汗にまみれた顔に卑屈な笑みが広がっていく。 「俺はノーマルだ。スケイルキラーズは前からやりすぎだと思ってたんだ」 「テメェと寝たオンナを売ったくせに?」 ラトルスネイクが脚を開いてしゃがみ、拳銃の尻で自らの肩を叩く。 「む゛―ーーーーーっ、む゛ーーーーーーーーーーっ!?」 次の瞬間、口に銃がねじこまれた。 「偽りの証人は罰を免れない、偽りを言うものは滅びる」 銃を嚙まされて暴れるチクリ魔。モッズコートでライフルを拭き、ケースにおさめたナイトアウルが呟く。 「確かに鱗と舌のことはチクったよ。けどまさか殺っちまうなんて……ちょっと痛め付ける位だと思ってたんだ、信じてくれ」 「アナルセックス蹴られた逆恨みでチクったんだよな?連中にたれこみゃ街に立てなくなると思ったんだろ、アホくさ」 ラトルスネイクが嗤って銃を捻る。歯が砕ける激痛に悶絶、血反吐を吐く男を冷たく見下ろしてナイトアウルが促す。 「もういい。いこう」

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