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あの日から───が過ぎた
「お、りゅう~~!さっきぶり~!!」
「るっせぇな!フラフラしてねぇで仕事戻れっつの!」
2人はMS商事のちょっとした名物になっていた。
清掃員のΩヤマダと営業課の安藤が付き合っているのは周知であり、同時に番でない事も知れ渡っている。以前から彼らを見ている社員はとっくに諦めているが、時折雇われる派遣社員や新入社員はそうではない。安藤の居ない隙を見計らってはヤマダの背後に迫る事が度々見受けられるそうだ。
だがそんな時、3人の用心棒によって彼らはこてんぱんにやられてしまう。
用心棒その1。出産を控える番とは既に婚姻関係にあり、ヤマダのフェロモンに耐性があるα綾木。
用心棒その2。なんやかんやで巻き込まれてしまった不幸体質のα池田。
そして用心棒その3は、社内でも一目置かれるカリスマ。会社の上部と繋がりがあるらしく、次期社長とまで言われている生産管理課の三島だ。この男がとても厄介で、前の2人と違い遠距離で攻めてくる。例えば、柱からヤマダを観察している社員を見つけると恐ろしい形相で迫ってくるのだ。ヤマダ自身に近づいているところを見た人間は、ここ最近は皆無である。
彼も綾木と同じようにフェロモン耐性があるそうだが、その理由を知る者はあまり居ない。
「へー、お前俺にそういう態度取るの。あっそう…みなさーーーん!コイツこの前のヒートん時俺に──」
「んだあああ!てんめぇ何言うつもりだったおい!黙れマジで!」
「何言うつもりだったって?だから、普段オニババみてーに俺を虐めてくるりゅうが超泣きそうな顔して…」
「みーなーさーーん!コイツが言ってる事は全部嘘なんで騙されちゃいけませえぇーん!!」
仲がよろしいのは素晴らしいが、ここが職場で今は勤務中だという事をもう少しわきまえていただきたい。この春から新たに仲間に加わった若者も、そんな中でどうにも緊張感を持てないでいる様子だ。
良くも悪くも社風は賑やかであり、誰もが憧れる“MS商事”にしては働きやすいと評判である。
清掃員のヒートが終わるたび、社員たちは彼の頸を覗き見る。これはもはや恒例行事にもなっているようで、行列に大きな声で説教をする彼の姿は有名だ。
安藤はヤマダを噛まない。だが、そこには確かな愛があり、ヤマダもそれを受け入れている。
──彼らの間で、定期的に出される話題があるらしい。
「あの病の脅威が再び世界に振りかざされた時、生き延びる事は出来るだろうか」
殆どの社員が怒っている顔しか見た事のないヤマダは、その時ばかりは真剣な面持ちで安藤に答えるそうだ。
「当たり前だ。俺が必ず助けてみせる。何度でも、何度でも」
彼らが正式に番となったのは、まだもう少し先の話。
fin.
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