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8-安藤
静かな部屋に二人きり。うまく言葉が出てこない。
心臓の音まで聞かれている感覚は息苦しく、更に脈を速めた。
「俺“は”お前の事好きだよ。…結構いっぱい考えた。お前の言う通り、本能に引っ張られてるだけじゃないかって。
でも違う。俺、お前の…虎和の優しい所とか面白い所、格好良い所もいっぱい知ってる。そういうのが全部、好きって思った。……なぁ、お前は?」
どんなに隠そうとしてもわかる、りゅうから伝わる緊張。こちら側まで影響を受けるから、もう少し肩の力を抜いてはもらえないだろうか。
澄んだ瞳には、若干顔色の悪い男の姿が映る。男はしきりに視線を泳がせたり、頭を掻いたりとまるで落ち着きがない。
「あー、うん……えーっと…」
言葉が無くとも、唇を寄せれば合意の印になる。服に手をかけ、様子を伺えばその気の奴は自らホックを外してくれる。
周りにはそんな人間しか居なくて…いや、そういう人間ばかりを集めていたと言った方が正しいだろうか。とにかく、口で気持ちを伝えない限りキスすら許してもらえないお姫様の相手はした試しがないのだ。
欲しがっておきながら、まず自分が想いを言葉にしてくれる辺りが健気でかわいい。どうせ「俺が言ったんだからお前も言え」って事だろう。言い合いっことかした事ねーよ。りゅうの普通がわからねー。
「初めて……そう。初めて会った時…態度でけーわ暴言吐かれるわでビックリした」
「え、うわ引き摺ってんの。ごめんじゃん」
「んで、まあ良くも悪くも気になる存在になった訳だけどさ…。それがこうなるんだもんなー、人生捨てたもんじゃねーよマジで」
膝の裏に潜らせたり、パーカーの裾を握ったりとせわしなく動いていたりゅうの手を再度包み込む。汗で少し湿っていて、指先は冷たい。容易に覆えるほど小さいのに、コレだと思える安心感は一体何なのだろう。
これが運命の力なのだろうか。それとも運命なんか関係ない、想いを通じ合わせた相手のみに芽生える感情なのだろうか。
それが愛なのだろうか。
「りゅうが好きだよ。危なっかしい時もあるけど、俺よりずっと頼もしい所知ってるから。な、だから──」
どんなにぼやけても、一向にセピア色に染まってくれない過去に邪魔をされるから。すぐに全部吹っ切って番になるのは難しい。
でも、必ず約束するから。いつの日か、りゅうが心も身体も全て委ねられるαになって見せるから。だからこれは、その為の誓いだ。
「俺と付き合ってくれるなら、りゅうからキスして」
「なっ………恥ずいし、酒臭いしニンニク臭せぇって」
「お前が臭けりゃ俺も臭いわ」
「……そ、か」
壊れかけのおもちゃみたいな動きで背を伸ばすりゅうは、瞳を潤ませ、眉を下げて。ただ覆いかぶせただけの手が指同士で絡み合った時、ようやく唇が重なった。
柄にもなく緊張して息の仕方を暫く忘れたというのは、一生誰にも言わないでおこう。
「やっぱくっせーなwww」
「それな。俺が使っていい歯ブラシあるか?」
「おん、出張ん時使う用のが何個か──」
晴れて恋人同士となった俺とりゅうは、この後初夜を迎え──…という流れには勿論至らず、二日酔いの恐怖に怯え、アラームを3分おきにセットした所でようやく眠りについたのだった。
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