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8-安藤
「いやいや、待つってお前……しんどいだろ、色々」
「待てるよ。…何年でも」
定期的に心身を不安定にさせる発情期。今は良いが、もし俺が抑制剤を服用しなければ顔を合わせるたび疑似的なそれに襲われる可能性も。
…Ωの経験など無い俺に詳しい事はよくわからない。だが、それでも可能ならば苦しい上に身を危険に晒すソレからいち早く脱したいと思うのが普通だろう。
それに、例えば俺がりゅうではない別の誰かを好きになる事だってあるかもしれないんだ。正直、確実に無いとは言い切れない。人の気持ちなんて権力でいくらでも操作出来る事くらい、小さい頃から知っている。
どうしてりゅうは怖くないんだ。どうして「待てる」なんて言えるんだ。真っすぐな目で、少しの迷いもなく。
「…不安じゃ、ないのか」
「んなの不安に決まってんだろ。でもさ…俺が信じねぇで、お前に信じてもらえるわけねぇだろうが」
「…っ、は…はは」
思わず溢れた笑いは、りゅうを混乱させた。だが、予想の遥か上を攻めた返答にはもう笑うしかない。
危機感は無いし、無駄に強気だし、童貞だしビール飲んだ事無かったし、俺より背も低くて細くて可愛い歳下のくせに…何なんだよ、マジで。
「何笑ってんだ」
「いや?りゅうが格好よくてつい」
「おちょくってんのか!」
「違う違う…あんまデカい声出すな頭に響く」
この俺が負けを認めざるを得ないのも、俺の事をここまで必死にさせんのも、多分この先何十年生きて行ったとしてもコイツ以外現れないんだろうな。
本気でそう思えるくらい、りゅうが眩しく思えた。愛おしくて、手放したくないと思った。
「りゅう、キスしていー?」
「は、はぁ?急に……んなの…」
ガンガンと重みのある振動をこめかみに感じながら、りゅうの腰に手を回した。女みたいとはいかないまでも、華奢で引き締まったそこ。ゆったりとしたパーカーを着ているせいで、線の細さがより目立つ。
酒くらいでは少しも色を変えなかった頬が、随分と赤く染まって。俺を意識しているとわかれば、言葉では言い尽くせない程の幸せの波が押し寄せた。だが──。
「近い。…やだ、顔退けろや」
「え待って嘘」
まさかの拒否だ。
ちょっとよくわからない。酔っ払いのノリと思われてる?もしかして。
いやー、確かにまだ残ってる自覚はあるけど、思考は正常よ?
「お…俺は、付き合ってもねぇ奴と簡単にキスするほど……安くねぇ。し、したいなら先に…言う事、あんだろ」
「……まじか」
ちゃっかりしっかりしやがって、これだから真面目ちゃんは困るってんだ。頭痛くてたまんねー。
何だこれ、ぶっちゃけセックスするより恥ずかしい。
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