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8-安藤
「……きろ。おい……てば。とわ、起きろ」
「んっ、……あ?」
やべ、俺寝てた?…完全に潰されたな。年下の飲み慣れてもねー奴に。すげー悔しい。
不自然な角度に曲げたままだった首を摩り窓に目をやるが、空はまだ真っ暗だ。そう時間は経っていないらしい。
隣の温もりは心地よく、自分のものではない香りがする部屋でゆっくりと頭を働かせる。
なんか、余計な事を言ったような…そうでもないような。何処まで口に出して、何処から夢だったのかが曖昧だ。遠い日の記憶が蘇ったのは久しぶりで、今では顔も思い出せない両親のぼんやりとした笑顔が瞼の裏に張り付いて鬱陶しい。
「とわ」
「……んー。寝てた、わり」
「別にいい。飲みかけは俺が貰ったから」
「すんご」
俺は口から上ってくる臭いだけでゲロ吐きそうだってのに、ピンピンしやがって。
「お前…泣きそうな顔してたから、慌てて起こした。ごめん」
「泣きそう〜?吐きそうな顔と違くて?」
「吐きそうならトイレ行けバカ」
相変わらずの毒舌っぷりですこと。
一眠りしたお陰で酔い自体は随分冷め、今はどちらかというと頭痛の方がしんどい。少し速いりゅうの鼓動が響く。
無意識に俯けば、そこには俺の手に大人しく握られっぱなしのりゅうの両手があって。
「…ずっとこのまま居てくれたのかよ」
「当たり前だ。…あんな話、聞いて」
「はは、りゅうイケメンじゃん」
あーあ。やっぱり話しちまってたか。言うつもりはなかった。というか、ここまで泥酔してなけりゃ一生話す事なんて無かっただろう。
飲み屋のねーちゃんでも無いのに、金も貰えねーのに親切な奴だ。適当にあしらってくれたらよかったのに。
「とわは、俺の事信用できねぇ?」
「そんな事ねーよ」
ほらな。りゅうってば男前だから、気遣ってくれるんだ。俺みたいなのの為に、何度苦しんだと思ってんだ。
「俺を噛むの、怖いのか?」
「………まーそれは…うん」
俺は澄晴みたいに人の為に生きられるような出来た人間じゃない。最終的に番ったとはいえ、来碧ちゃんを想って一度は断ったという彼とは違う。
俺は自分勝手なんだ。だからってりゅうみたいに自分の気持ちに素直にもなれない、臆病でセコいダメ人間。
誰かの為ではなく、ただただ自分の為。俺が傷つかないように、他の誰かを傷つけてきた。
りゅうに目を覚ましてもらうため、なんて綺麗事だった。いつか俺よりいい人が現れて、離れられるのが怖かった。俺は、職場という小さな世界でしかりゅうを知らない。だから、もし俺と出会うより昔に誰かを想っていたらって。
「…だったら、待つよ。お前が、俺で大丈夫だって心の底から思える日まで」
「……りゅう?」
包んでいた掌が離れ、俺の頬に触れる。
りゅうは、いつの日か俺に「好きだ」と告げようとした時と同じ、汚れのないまっすぐな目をしていた。
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