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第16話

 その時、将星の背中越し、細い路地裏から下品な笑い声を上げている数人のガラの悪い男たちの背中が見えた。  そして、一人の男が火を消す事なくタバコを捨てたのだ。こともあろうにそこは、周囲の店舗のゴミが置いてあるゴミ置き場だ。そのままにしておけば、どうなるのか予想できる。先日もボヤ騒ぎがあったばかりなのだ。  (あのヤロウ!)  考えるよりも先に体が動いていた。その男たちに向かって走り出すと、 「おい! 理月!」  将星が自分呼ぶ声が聞こえたが、その声を無視して男たちに向かって行った。  先程捨てられた火の点いたままのタバコを足で揉み消し、 「おい! こら!」  理月は男たちに怒りの形相を向け呼び止めた。 「ああ?」  男たちが一斉に振り返る。 「んだ、てめえ」 「タバコ、捨ててんじゃねえよ! この前もここで、ボヤ騒ぎあったんだ!」 「知るかよ、そんなの」  理月の言葉をまともに聞く輩なはずもなく、バカにしたように鼻で笑っている。その男の横にパーカーのフードを目深に被った華奢な男が目に入る。  (オメガ……?)  首にはオメガの証であるプロテクターが装備されていた。  小柄で華奢な体つきに首にある噛み付き防止のプロテクターから、そこにいるのはオメガの人間なのだと予想できた。だが、今はそんな事はどうでもいい。 「吸い殻、持って帰れ! クソガキが」  理月は拾った吸い殻を男たちに向かって指で弾くと、そのオメガの肩に腕を回していた男の額に当たった。 「な、何すんだ! てめぇ!」 「なめやがって!」  相手はオメガを入れて五人。男たちは理月に向かって突進してきた。  現役時代ならなんて事ない人数だったが、高校を卒業して以来、喧嘩はご無沙汰だ。若干不安はあったが、どうやら体は覚えているようだ。 「このヤロー!」  後ろから声がし不意を突かれたと思った。ハッとして後ろを振り返ると、男はどこから持ってきたのか鉄パイプのような棒を振り上げていた。  (やべぇ……!)  避ける余裕がなく、理月は無意識にぎゅっときつく目を閉じた──。 「こんなので殴ったら死ぬだろ」  そんな声が聞こえ、ゆっくりと目を開けると将星が男が手にしている鉄パイプを掴んでいた。そして、その男の尻を蹴り上げると男は理月の横に倒れ込んできた。 「さすがに勘が鈍ったかよ、理月」  ニヤリと将星は笑っている。 「う、うるせー!」  結果的に、将星と二人で男たちをのしたと言う事になってしまったのが悔しくてならない。  男たちは、理月と将星に怯えたようにその場から逃げ去っていった。  だが、ただ一人、フードを目深に被ったオメガらしき男はその場に留まっていた。オメガの男は目の前の光景に怯える様子もなく終始、静観していた。  そして、 「きみ……オメガなのに強いんだね」  そうポツリと言った。  その言葉に、理月の目は大きく開かれ、心臓の鼓動が速くなっていった。 「な……に、言ってんだ!てめえ!なんで俺がオメガだって……」  絞り出した声は、思っているよりも小さく掠れていた。 「そりゃ、俺もオメガだからね。きみだって俺を見て、オメガだって分かったでしょ?」 「俺は……! そのプロテクター見て……!」  いや、そうだっただろうかーー。  首にあるプロテクターを見てオメガだと察してたのか、見た瞬間にオメガだと分かったのか、今となっては記憶が曖昧で思い出す事ができない。 「オメガ同士が会うと、互いにオメガだと認識できる…… 同類相求(どうるいそうきゅう)学校で習ったでしょ?」 「し、らねえよ……!」  そう言い放ったが、確かにそんな言葉を聞いた事があるような気はした。 オメガの男は携帯を取り出し、何かを検索したと思うと、携帯の画面を見て読み上げ始めた。  「《同類相求とは》オメガ特有の習性である。立場も力も弱いオメガは互いの性 バースを認識し、無意識下で助け合う習性があり、それを《同類相求》という。それはオメガ特有のもので、アルファとベータはオメガをフェロモンで性を認識するが、オメガ同士は本能で認識する。力も立場も弱いオメガが身を守る為の唯一の防衛本能だと言える……ね?聞いた事あるでしょ?」  先程、水族館で会ったオメガがオメガであると分かったのは、この『同類相求』だったという事だと納得した。  オメガである自分がとにかく嫌であった理月は、バースに関する授業や講習をことごとく受けてこなかった。そのせいで、世間一般のバースの知識が乏しいと言えた。  いつの間にか、理月の目の前にオメガの男が立っていた。 「うん、やっぱり」  そう言って、理月を覗き込むようにしている。 「君みたいな雄々しいオメガは珍しいと思ったけど、綺麗な顔立ちしてる」   確かに理月はオメガにしては身長も高く、中性的な顔立ちが多いオメガの中で、比較的男らしい顔立ちをしている。それでも、叔父譲りの青い瞳とブロンドの髪色は日本人離れし美しいと言えたが、そういう相手も、涼やかな切長の目が印象的な綺麗な顔立ちをしていた。オメガ特有の中性的な顔立ちだ。 「で、君はこの子の番?」  今度は将星に興味が湧いたようだ。将星は突然自分に視線を向けられて、ギョッとしている。 「い、いや……」 「何言ってんだ! そんなわけねぇだろ!」  理月はオメガの男の胸ぐらを掴むと、 「何なんださっきから、てめえは! おまえもコイツらの仲間だろう!? ぶっ飛ばされたくなかったら、消えろ!」  そう一気に捲し立てた。  オメガの男はそんな理月に対して相変わらず怯える様子もなく、微動だにしていない。 「そんな怒る事? あー、自分がオメガって事に嫌悪感抱いてるタイプ? で、オメガである自分と向き合えない人かぁ」  そう小馬鹿にしたように、クスクスと笑いを溢している。理月は一気に頭へ血が上っていく。  右手の拳を振り上げると、相手に向かって拳を振り下ろした。 ──が、将星にその腕を掴んだ。 「やめとけ、理月」 「はな、っせよ! くそ!」  暴れる理月を将星は後ろから羽交い締めされ、動きを止められてしまった。悔しい事に、自分の力では将星には敵わず、ビクともしないのだ。  瞬間、急激に手首の噛み跡が熱くなり痛いほど疼き始めた。 「なぁ、あんた。これでも、理月は昔に比べると随分と自分と向き合うようになったんだ。何も知らないあんたに、理月の事をとやかく言う筋合いはない」  将星がギロリと眼光を光らせると、今まで微動だにしなかった男がその時初めて顔を引き攣らせた。  男は、ふんっ、と鼻を鳴らし腕を組むと、 「オメガは一人では生きていけない。オメガはアルファと番ってなんぼなんだ」  そう言い放った。  男は将星の肩に手を置き、口を耳に寄せると、 「なんなら俺が番になってあげようか? 君、素敵だし」  クスリと一つ笑いを溢すと、 「俺は、ガクト。また、会おうねー、リツキくんとアルファくん」  そう言って手をヒラヒラと振ると、ガクトはその場から去っていった。  男の姿が見えなくなり、羽交い締めにしていた将星の腕の力が抜けたのが分かると、荒っぽく将星の腕を振り払った。 「くそ!」  近くにあった壊れた看板を蹴り上げた。 「理月、バイトの時間じゃないのか?」  そう言われて、ハッとすると腕時計に目を落とした。いつも店に到着している時刻だった。 「やべ! 遅刻する! じゃあな将星!」  理月は将星にそう言うと、慌ただしくその場を離れた。 「気を付けて行けよ!」  背中で将星の声を聞くと軽く手を上げ、店まで走り出したのだった。

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