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第27話
〜一週間後〜
その間、入院していた楽人が退院した。楽人は山上連合の山口の家に転がり込んでいた為、家がないという。最初は理月の狭い1Kのアパートに厄介になる予定だったが、瓜生の提案で瓜生のマンションに住む事になった。なんでも、部屋が壊滅的に汚いのでそれを片付けてほしいのだと言っていた。要は、楽人が家政婦的な役割を果たし、代わりに瓜生のマンションに住まわせてもらう、という事になったようだ。
瓜生と楽人もアルファとオメガである以上、それは良くないのではないかと言ったが、楽人のヒートの時には瓜生はマンションには帰らない、という事で解決してしまった。
今まで、山上連合相手にウリのような事をしてきたという楽人は、これからは真面目に働いていくと約束してくれた。
理月は分厚い束の封筒を小脇に抱えていた。
約束の時間になると、ゾロゾロと山上連合の男たちが目の前に現れた。先頭にいる加々谷がニヤけた顔を浮かべている。
「持ってきたか?」
加々谷に言われ袋を掲げ、
「もう二度と、俺たちに関わらないと約束してくれるか?」
加々谷は不気味なほどの笑顔を向けると、
「もちろん!」
そう言って理月の手から袋を奪った。
「じゃあ、おまえら後は好きにしていいぞ。終わったら俺に連絡しろ。オメガの風俗で買ってくれる約束してあるから、使い物にならなくなるまでヤルなよ」
その言葉が合図のように、男たちは理月に襲いかかってきた。
理月が一人目二人目を蹴り飛ばした時、
「お、おいこらっ! なんだよこれ!」
加々谷は封筒から取り出した新聞紙の束を理月に見せた。その顔は怒りの形相だ。
「やるわけねーだろ、ばーか」
理月は中指立て、それを加々谷に向けた。
「て、てめぇ……! 神場会舐めてんのか! ぶっ殺してやる!」
加々谷が理月に向かって拳を振り上げている。それを理月はあっさり交し、渾身の回し蹴りを加々谷の顔面目掛けて炸裂させた。加々谷は吹き飛び、あっさりと地面に体を付けた。
「か、加々谷さん! おいコラッ! この人に手出していいと思ってんのか!」
上田たちがこちらに向かって突進してくるのが見えると、上田たちの背後から一人の男が現れた。将星だった。一番後ろにいた男の襟足を掴み引っ張るとすかさず、鳩尾に拳を入れた。一方理月は前からくる男たちに向かって得意の足技を繰り出す。将星が後ろからジワリジワリと削っていく。上田はきっと不思議に思っているはずだ。こんなに自分の味方は少なかったか、と。上田は後ろを振り返り、そこには既に地面に倒れている仲間を見てギョッとし、更に将星の姿を目の当たりにした途端、尻もちをついてしまっている。
「う、うそ……」
理月はそんな上田の襟首を掴み、
「立て、コラッ」
無理矢理立たせると拳を固め右頬に一発、腹に一発、留めに飛び蹴りを食らわせた。
呻き蹲る上田の顔を踏むと、
「こ、こんな事して……お、おまえらどうなるか分かってんのか! 俺たちのバックには神場会がいるんだぞ!」
そう言い放った。
「うちは、そんなガキのケツ持ちになった覚えはないが」
不意に後ろから声が聞こえ、理月は思わずビクリと肩を揺らした。
振り向くと五~六人ほどのスーツ姿の男たちが、いつの間にか立っていた。どう見ても堅気に見えない男たちだ。
「あ、あんたら……!」
加々谷は怯えた様子で男たちを眺めている。瞬間的に自分の末路を察知したのか、ガタガタと震えだし恐怖で顔面が蒼白している。
「連れて行く」
一人の男が将星に向かって言うと、将星は小さく頷いた。
加々谷を始め、山上連合の男たちは引き摺られるように連れて行かれてしまうのを理月は黙って眺める。加々谷は何度も謝罪をし許しを請うが、当然受け入れてくれる気配は微塵もなかった。
山上連合の男たちが、二台のワンボックスの車に押し込められ、それが走り出すとその後ろに着いていた黒塗りの高級国産車が将星と理月の前に静かに止まった。後ろの窓が半分程開くと、男が将星に向かって手を上げているのが見えた。男の顔はスモークのせいで薄暗く、よくは見えなかった。将星は男のそれに応えるように軽く頭を下げ、黒塗りの高級車は静かにその場を離れた。
「ヤクザ……」
理月の口から無意識に言葉が漏れていた。
「神場会若頭の藍地恭弥 あいじきょうや」
将星はタバコに火を点けながらそう言った。
「店の客なんだ……加々谷は正式に盃を交わした構成員じゃなかった。勝手に神場会の名前語って、勝手にケツ持ちしたり、山上連合みたいな半グレ集団使って、裏で色々悪どい事して金稼いでたみてぇだ」
そんな事が神場会にばれた加々谷の末路を知りたいとは思わなかった。神場会に知り合いがいた将星に手を出してしまった加々谷と山上連合の運が悪かった、という事だろう。
「これで楽人の仇も取れたし、あいつらももう理月に関わる事はない」
「そう、だな」
「帰ろう」
そのままの流れで将星の家に行く事になり、将星のバイクが止まっている駐車場まで並んで歩いた。
「なんか……楽しかったな……」
ポツリと理月が言葉を漏らす。
「何?」
「高校の時、今みたいに将星といれたら、こんな風に一緒なって喧嘩したりしてたのかな」
「……それは、どうだろな……意外にお互い喧嘩ばっかりして、仲良くはならなかったかもしれないぜ」
想像したのか、将星は苦笑いを浮かべている。
「それはそれで面白そうだけどな」
顔を合わせる度に喧嘩をし、どちらが強いか勝負をする──将星と共に十代を過ごしていたら、そんな退屈しない日々を送っていたかもしれない。
不意に三年前の将星の言葉を思い出す。
《俺たち──オメガとアルファじゃなかったら、いいダチになれてたかな?》
その言葉を思い出すと、今でも胸が締め付けられる。
オメガとアルファという関係ではなく、ただの男同士として出会っていたら、自分たちは今とは違う関係を築いていただろうか。将星は自分を好きになる事はなかったのだろうか。そして自分も、将星に惹かれる事はなかったのだろうか。
そして、将星と出会っていなければ、将星以外のアルファに惹かれる事はあったのか、将星も自分以外のオメガに惹かれる事はあったのか。
(それは少し嫌だな……)
そう漠然と思うだけで、疑問ばかりが浮かび、結局納得できる答えなど出はしなかった。
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