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03 Kageno.side
ヒカルは、花のようだった。
その、目眩がするような甘い香りは、俺を捉えて離さない。
ずっと、見てきたからわかる。
ヒカルが、どれだけあの人間を愛しているのかということも。
あの人間が、どれだけヒカルを必要としているのかということも。
この真っ白な世界で一人、ヒカルを想う時。
その、どうしようもない劣情に駆られる時。
やはり自分は悪魔なのだと思い知らされる。
話をするだけ、見つめ合うだけでいいなんて、本当にそれだけでいいなら…どれだけ救われることだろう。
ヒカルを奪ってしまいたい。
自分だけのものにして、壊してしまいたい。
あの人間が、憎くて仕方ない。
一人でいたら、ぐるぐると脳の奥底を真っ黒な感情が埋め尽くしていく。
それが恐ろしくて、気が付いたら俺はヒカルの意識を操作して、何度も、無理矢理この世界に引き摺りこんでしまっていた。
ヒカルは、怒らなかった。
俺を恨んだりしなかった。
ただいつものように、俺と話をしてくれた。
こんな最低の悪魔に、笑いかけてくれて、そして、ピアノを弾いてくれた。
ヒカルの世界の、愛の歌を。
『ヒカル』
『ん?』
『………愛してる』
『……うん、ありがとう』
ピアノの演奏が止まって、少し返事を考えるフリをして、そして、ヒカルは悲しいくらいに美しく微笑んで、また指を鍵盤に走らせる。
『愛』というものは、自分の口から聞くと、酷く陳腐に聞こえる。
愛って、何だ。
俺は悪魔だろう。
愛なんて人間の真似事をして囁いてみても、きっとそんな偽物の言葉は、ヒカルには届かない。
もう、わかっている。
どれだけこんな時間を繰り返しても、意味はない。
最近、ヒカルがこの世界にいる時間が長くなってきている。
俺にその気がなくても、そばにいるだけで、俺はヒカルの精気を奪ってしまっているんだろう。
もう、解放してあげるべきだ。
返してやるべきだ。
あいつに、ヒカルを。
それなら、もう少しだけ…
もう一度だけ、あの歌を聞きたい。
俺の世界には与えられなかった、あの愛の歌を。
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