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第1話
「なあなあ、プール行こうぜ!」
「断る」
「早っ!ちょっとは考えろよ!」
オレの目の前にいるこいつ、家庭教師の斉藤秀彦。家庭教師、だなんて大層な名目だけど、実際のところはマンションのお隣さん。某有名国立大にストレートで合格したのもあって、受験生であるオレの勉強を見てやって!と母親に頼まれて、こうしてここにいる。
「雄介…お前ねえ、今の状況わかってる?」
「期末テスト前日」
「でしょ?じゃあ無理」
そう、だからプールなんか行けるはずもないんだけど。それでも、プールじゃなくてもいいから、秀彦と出掛けたかった。
オレと秀彦は一歳違いで、幼稚園からずっと一緒だった。高校もチャリで行ける一番近いとこが、奇跡的にオレの頭でも受かるようなとこだったし。
ただ、秀彦が卒業してからの一年がいつも寂しかった。どうして同い年じゃないんだろう…こんなに近くにいるのに、絶対に隣に並べないだなんて。
「…雄介?」
俯いて黙り込んだオレの前で、はあ、と深いため息が聞こえる。あーあ、ガキっぽいって呆れてんたろうな…
けど、ただでさえ大学は同じとこなんて絶対ムリなんだし、夏休みくらい一緒に遊びたいんだよ。隣だからいつでも会えるけど、でも、約束が欲しいんだ。
小さなテーブルの上で握りしめた掌が、ふいに温かいもので包まれた。顔を上げると、どこか困ったような笑い方をする秀彦がいる。
「じゃあ、数学」
「…へ?」
「70…いや、80点以上取れたら、2人でどっか行こうか」
「マジで?」
「うん、約束ね」
差し出された小指を絡めると、溶けてしまいそうなくらい熱い気がした。
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