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第8話(side伊織)

「……好きだよ」  照れているようにも喜んでいるようにも見えて。そんな甘い声で言われたら誤魔化せない。胸に広がる温かさも、意識せずにはいられない熱も、全部受け止めてほしくなる。 「俺も」  それ以上の言葉はいらなかった。  繋いだ視線が引き寄せ合う。自然と近づいた顔が視界を埋め、息が混ざり合う直前に消える。目を閉じたことで触れ合った唇の先が感触も熱も鮮明に伝えてくる。無防備なほどの柔らかさを何度も確かめる。ゆっくりと移っていく熱を溶かして、体の奥に落としていく。  唇だけでは足りなくなって手を伸ばせば、首へと誘導される。脇の下と腰に腕を回され、首に腕を回したままの状態で持ち上げられる。体をくっつけるようにして立ち上がれば、互いの熱の存在を形として認識する。 「……い、おり」  わずかな呼吸の隙間で名前を呼ばれた。名前を呼び返そうと口を開きかけるが音になる前に舌を押し返される。肌よりも唇よりも確かな熱が体液とともに流れ込んでくる。表面で感じるよりも内側の方がよほど敏感なのだと改めて実感する。歯列をなぞり、舌を触れ合わせていると、不意に先が上顎を刺激した。 「んっ」  体の中心を震わすような刺激が走り、足の力が抜けそうになる。首にしがみついたまま薄く目を開けると、視線が繋がる。赤い。赤くて熱い。肌も瞳の奥で燻る色も。もう少し、とでも言いたげに目を細められ、後方へと促される。足元を確かめることもできず、半ば運ばれるように歩けば、トン、とふくらはぎに触れる。幼い頃から何度も来ている部屋は家具の位置もそのままで、何が触れたのか見なくてもわかる。 「伊織」  名前だけでよかった。考えるまでもなく体は動く。腕を緩め、大きな手に背中を預ける。ゆっくりと優しい手つきで横たえられ、ベッドに染み込んだ香りに体の奥が刺激される。すでに形を成している部分がさらに硬くなる。  体を跨ぐように足を載せた大和がスウェットの裾に手を入れ、肌に触れたと思った瞬間に戻した。え、と戸惑う間もなく上から問いかけられる。 「寒くない?」  外は変わらず雪が降り続いている。リビングは暖房がついていたが、この部屋はまだついていない。先に入っていたのは自分だったが、そこまで気が回らなかった。足を踏み入れる前、大和をここで待とうと決めたときから期待は熱へと変換されていた。  エアコンのリモコンへと伸ばしていた大和の腕をそっと掴む。 「……大丈夫」  だから、と続く言葉を息に溶かす。伸びていた腕が戻ってきて、大きな手が前髪を攫う。ん、と額に唇が落ちてきたかと思うと、鼻にも頬にも降ってきた。唇を避けて落とされるので、くすぐったさに声が漏れる。  キスの雨に気を取られていると、不意に腰を直接撫でられた。スウェットの裾から入り込んだ指がお腹を辿り、上へと移動してくる。輪郭を確かめるように沿わされ、敏感になっていく。優しく目覚めを誘うような動きに肌が甘く粟立つ。 「あっ、ん」  指がたどり着いた場所でビクッと体が反応する。確かめるように指の腹が円を描き、中心から形を変えるよう促される。 「くすぐった……い」  くすぐったさが確かな刺激へと変化していく。それは内側から、呼吸から変えていく。  閉じた瞼の上に口づけられ、薄い肌が大和の熱に濡れる。優しく軽いキスとは反対に指は硬くなった先を弄り続ける。増えていく刺激に身をよじると、離れた手が裾を一気に捲り上げた。肌に触れる空気の冷たさを感じるよりも先、大和が顔の位置を変える。あ、と声にするよりも早く口づけられた先で何かが爆ぜた。指で立ち上げられた場所を息と唾液が包み込む。胸の突起部分を口に含まれ、背骨が震える。  舌先で舐められ、硬さが増していく。 「ん、待っ」  きゅっと吸い上げられ、堪えきれずに声が漏れる。  指で輪郭を整えられたもう一方も同じように含まれる。両胸からの刺激が上から息を押し出し、下半身に熱を送り込む。寒さなど感じる余裕もなく肌は汗ばんでいく。それは大和も同じだったようで首元で止まっていたスウェットを抜き取ると、すぐに大和も上を脱いだ。  一度離れた体が戻ってくる。触れ合った肌が熱い。耳元で小さく息を整えると、大和の指が腰ひもを解いた。緩まった隙間に手を入れられ、思わず腰が浮く。サイズが合っていなかったのもあってあっけなく脱がされ、床に落とされる。空気に触れる表面積が増え、心許なさに脚を閉じかけるが、それよりも早く大和の大きな手が中心を掬った。 「んんっ」  たったひと撫でで布地を押し上げる力が強くなる。逸らした背骨を戻す前に下着の中に直接入れられ、恥ずかしさに顔を背けた。目を閉じるが、視覚を失ったことで別の感覚が研ぎ澄まされてしまう。いっそ意識をなくしてしまいたいほどなのに、体はひとつひとつの仕草を過敏に拾い上げ、刻み込もうとする。  下着が抜き取られるのがわかり、枕元に置かれていたスウェットを手繰り寄せた。顔を埋めれば、大和の匂いが濃くなり、内側から染み込んでいく。体の奥から優しく触れられているようで呼吸が深くなる。  上下に繰り返し動かされ、発情の芯が太くなっていく。大和の手の中で引き出されていく性欲が外へと滲みだす。このままいってしまいたい気持ちと「まだ」と引き止める自分がせめぎ合う。不意に刺激が止み、押し付けていた布地から顔をずらせばすぐそばに腕が伸ばされていた。取り出されたボトルが視界に入り、続きを想像した体が熱を押し上げる。視線に気づいた大和が短い呼吸の中で「ごめん」と困ったように笑い、軽いキスを落とした。  再び手に包み込まれると、迷うことなく体は続きを求め始める。先へ先へと溜まっていく熱と自身の体液で立つ水音。それは徐々に粘度を持って滴り落ちていく。意識が前に向かっている間にもう一方の手が滑り落ちるように後ろへと向かう。潤滑剤を纏った指の冷たさにビクッと腰が跳ねる。受け入れるどころかきゅっとすぼまってしまった場所へ今度は熱く柔らかなものが触れた。円を描くように舌先で温められ、緩んだ隙間に指が差し込まれる。初めてではないけれど、ないからこそひとつひとつが鮮明に記憶されていき、苦しい。ゆっくりと奥へ進んでいく指を受け入れようとするが、自分の意思ではどうしようもなく、呼吸を繰り返すことしかできない。  いっそ自分でひらければいいのにと思った。内臓に直接触れるような心地悪さに耐えていると、「伊織」と名前を呼ばれる。心配を浮かべながらも内側の熱を隠せない表情に、耐えているのは大和も同じなのだと気づく。 「痛い?」  不安げに尋ねられ、小さく首を振る。天秤に載せられているのは痛みではない。理性の糸が絡まる羞恥心。反対で重みを増していくのは熱を内包する性欲。早く繋がりたいという思い。 「大丈夫、だから」  声を絞り出せば、自然と溜まった涙が零れ落ちる。ふっと大和の表情が緩み、指がもう一本足される。次の瞬間、掠めた内壁から言いようのない刺激が走った。背中がしなり、喉に抜けた息が声にならない音を漏らす。同時に手の中の昂ぶりが震えた。恐怖にも似た感覚に思わず両腕を伸ばす。大和の頭を捕まえ、息を吐き出したところにもう一度同じ刺激が走る。手の中で加えられた加速に、声を出す間もなく先から弾けた。  快感の波に攫われる瞬間、指は大和の短い髪をぎゅっと掴んでいた。 「ご、めん」  と上がった息の中で言う。張りつめていた力が引いていき、心地よさに体が沈んでいく。手を緩めると大和が「髪抜かれるかと思った」と笑って顔を拭う。恥ずかしくてたまらないのになんだか泣きそうだった。  指が抜かれ、張りつめたものが押し当てられる。ゴム越しでもわかる硬さと熱に奥が震えた。 「伊織」  小さな呼吸の中で名前を呼ばれ、膝裏を掬われる。ひらいた瞬間を逃さず先端を差し込まれる。痛みに息が引きつるが、呼吸を取り戻すように大丈夫だと言い聞かせる。これは自分が望んだこと。入ってくるのは誰よりも愛しい人なのだから、と。ゆっくりと確かめるように押し込まれ、奥がひらいていく。苦しさは緩やかに消え、性感の蕾を揺らす。  根元まで飲み込んだのがわかり、二人同時に息を吐き出した。 「大丈夫?」  ちっとも大丈夫そうではない顔で尋ねられ、思わず笑いそうになる。体の奥で必死に耐えているのがはっきりとわかる。汗ばんだ顔に両手で触れ、答える代わりに顎を上げる。せがんだ通りに唇が下りてきてついばむようなキスを交わす。胸の中をくすぐり合うように繰り返せば、下腹部の圧迫感は消え、快感に傾こうとうねり出す。 「……動いていい?」  重なる息の中で問われ、頷く。  柔らかく揺すられ、繋がっていることを実感する。どうしようもないほどの愛しさが溢れ出し、最奥へと戻ってくるたび花火のように弾ける。反り返った先が内壁を擦り、再び刺激が体を貫く。力を失くしていた場所が刺激を受け、硬くなっていく。白んだ意識の中で首に腕を回し、貪るようにキスを繰り返す。口内の熱が体の奥へと落とされ、昂ぶりを引き出される。その間にも潤んだ隘路を行き来され、前も後ろもどうしようもないほど心地よくなり、理性の糸が焼き切れる。 「……や、まと」  二度目の高みが見え始め、全身が大和を求める。外側も内側も触れ合って、それでも足りなくて涙が出る。 「好きだ、伊織」  乱れた呼吸の中で落とされた声。熱が滲みるように嬉しさが込み上げる。 「俺も好きだよ、や――っ」  名前を呼びきるまでは待てず、突き抜ける。  二つの体の間で放たれた熱がお腹の外と内を濡らす。正確には内側は薄い膜越しではあるのだけど。体温と鼓動に溶け合った先はどこまでも心地よく、潤んでいた。

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