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第10話

「・・・・・ん・・・」 微かに聞こえてきた声に、涼香は顔を上げた。 「起きたわけじゃないか・・・」 点滴に繋がれてはいるが、白いベッドで眠っている弟は穏やかな寝顔をしていた。涼香は息を吐く。彼女がとある病院に呼び出されたのは、3日前のことだった。涼真が病院に運ばれたと聞いて、飛んできたのだ。 『あの、涼真はっ・・・!?』 病室に駆け込んできた涼香を迎えたのは、綺麗な顔立ちの男性だった。彼は名乗りもせずに、涼香に向かって深々と頭を下げた。 『大切な弟さんをこんな目に遭わせて、本当に申し訳ありません。すべて僕の責任です』 涼香は直感で、彼が涼真の言っていた「瑞稀さん」だと分かった。 『あの、顔を上げてください。お名前をお伺いしてもいいですか?』 『・・・龍田鵬山、といいます』 『あれ、「瑞稀さん」じゃないんですか?』 『え、』 『弟がお世話になってた、竜田瑞稀さんですよね?』 龍田鵬山と名乗った男は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして驚いていた。涼香はどうしてそんなに驚かれるのだろうかと不思議だったが、一呼吸置いて瑞稀がふっと微笑む。 『・・・姉弟で、よく似てらっしゃるんですね』 『あの・・・?』 『僕を「瑞稀さん」と呼んでくれたのは、貴方の弟さんだけなんです』 瑞稀は、涼香に自分の正体と今回の経緯を説明した。涼香は瑞稀の立場に驚きはしたものの、特に取り乱したり動揺することはなかった。強い女性だ、と瑞稀は心の中で感心する。さすが、彼の姉というだけはある。そして一通りの説明が終わった後、瑞稀は涼香にある依頼をした。 『無理を承知で言いますが・・・彼が目覚めるまで、彼についていてあげてくれませんか』 『私は別に構わないですけど・・・。瑞稀さんがついてた方が、弟は喜ぶと思うんですが・・・』 『僕は、彼の傍にいてはいけないんです』 『え、どうして?』 『信じてくれた彼を裏切って、挙句の果てに彼をこんな目に遭わせて・・・。彼に合わせる顔なんてありません。僕は彼の傍にいちゃいけない』 『そんなこと・・・』 『他の誰が許しても、僕が許せないんです』 瑞稀は血が滲むのではないかと思うほど、自分の拳を震わせた。 『もちろん、彼のためにできる事は全てやらせて頂きます。部下に様子を見に来させますので、何か必要なものがあれば言いつけて下さい。何でも用意させますから』 『・・・分かりました。じゃあ、先に1つお願いしてもいいですか?』 『はい。何でも』 『弟が目を覚ましたら、弟に会ってやってください』 『!それ、は・・・』 『涼真のためにできる事は全てやってくださるんですよね。それなら、絶対に弟に会ってください』 『・・・貴方は、僕が憎くないんですか。僕は、弟さんを危険な目に遭わせて、』 『確かに、危ない目に遭わせたことは家族として怒っています』 『っ、なら・・・!』 『でも、涼真は貴方のことを本気で想ってました。・・・私、初めて見たんです。恋人と連絡が取れないくらいで、あんなに荒れる弟の姿を』 涼香は、瑞稀と連絡が取れなくなって荒れた生活をしていた涼真のことを、彼にすべて話した。瑞稀は、信じられないという顔をする。だが、涼香は退かなかった。 『知らないかもしれないんですけど、涼真は貴方に会うために貴方の会社を訪ねたんですよ』 『・・・部下から聞きました。原田涼真という青年が会社に訪ねてきたと』 『ああ、そうだったんですね。あれ、私の入れ知恵なんです』 『!』 『会いたいと思うなら、1回くらい当たって砕けてこいって。この子、バカ正直でしょう?すぐに行ったんですよ。それくらい・・・それくらい、貴方に会いたがってたんです』 『・・・・・』 『涼真が心に決めた相手なら、私は何も言いません。涼真の幸せは、周りじゃなくて涼真が決めるべきですから。涼真はきっと、貴方といるのが幸せなんだと思います』 涼香の瞳は、瑞稀をまっすぐ射抜いた。 『約束してください。涼真が目を覚ましたら、涼真に会いに来るって』 頷いてはいけないと、瑞稀は分かっていた。けれど気づけば、口から言葉が転がり落ちていた。 『・・・分かりました。約束します』 瑞稀の言葉に、涼香は満足げに笑った。それが、3日前のことだ。涼真はわき腹に被弾してかなり出血していたようだが、元々体力があったのと運がよかったおかげで、命に別状はなかった。手術も成功したし、あとは安静にして傷口がふさがるのを待つだけという状況だ。だが、これ以上目覚めないようなら、家族に連絡する必要も出てくる。涼香としては、それは何とか避けたいと考えてはいた。涼真の知らないところで、瑞稀を家族に紹介するわけにはいかない。それは、涼真が自分でやるべきことだ。 「まったく・・・早く目覚ましなさいよ、バカ涼真」 涼香がため息を吐いた、その時。控えめなノック音が聞こえてきた。涼香が返事をすると、ドアが開いて竜司が入ってきた。 「失礼します」 「ああ、森さん。いつもありがとうございます」 「いえ。どんな様子ですか?」 竜司は、瑞稀の代わりに毎日病院に顔を出していた。はじめは竜司の強面に若干ビビっていた涼香も、3日も連続で顔を合わせていると慣れてきたらしい。今では、世間話もする仲になっていた。 「まだ目は覚めなくて・・・。でも、血圧も心音も安定してるし、これ以上悪くなることはないだろうって、先生は言ってました。涼真なら体力もあるから、治りも早いでしょうって」 「なるほど。彼の目が覚めたら、すぐに連絡をしてください。頭は、私が首に縄かけてでも連れてきますので」 「ふふ、はい。お願いします。あ、それから・・・明日なんですけど、私どうしても会社に行かなきゃいけなくて・・・誰か、涼真についててもらうことってできますか?」 瑞稀は今、特別に休みをもらって涼真についている状況だ。だが、明日にどうしても抜けられない会議があるらしい。事情を聴くと、竜司はそれならと頷いた。 「かしこまりました。それなら、私がついておきます。頭にもそう伝えておきます」 「すみません、ありがとうございます」 「いえ、無理を言っているのはこちらですから。・・・本当なら、頭がついているべきだと私も思っているんです」 竜司の声は静かだったが、その言葉ははっきりとしていた。 「ですが、頭は頑固でして。言い出したら聞かないので、私としても頭が痛いんです」 「あはは、そうなんですね。でも、森さんに見ていただけるなら安心です。明日はよろしくお願いします。もし何かあったら、電話を入れてもらえたら」 「かしこまりました」 ―――・・・・・。 ふわっとした感覚があって、涼真はふっと瞼を開けた。目に入ったのは、白い天井。見覚えはないが、鼻についた消毒液の匂いで何となく自分のいる場所に見当はついた。モゾ、と首を動かすと、自分の近くに見たことのある男性が座っているのが見える。涼真は彼を呼ぼうとしたが、喉に引っかかりを感じて上手く声が出なかった。 「もり、さ、げほっ・・・」 「!!目が覚めましたか」 普段はほとんど表情を動かさない竜司だが、さすがに驚いたらしい。せき込む涼真の背を、慌ててさする。 「水は飲めそうですか?」 「あ、あざっす・・・」 涼真は起き上がって、差し出された水を一気にあおった。そして息を整え、ベッドの背もたれにもたれる。急に動いたからか、 脇腹がズキンズキンと痛んだ。 「いってて・・・」 「!痛みますか?医師を呼んできましょうか」 「や、大丈夫っす・・・。たぶん、いきなり動いたから・・・」 「そうですか?無理は・・・」 「あの、瑞稀さんはどこですか?」 竜司の言葉を遮って、涼真は食い気味に問うた。そして、自分が意識を失う前のことをぼんやり思い出して問いを重ねる。 「てか、あの後どうなったんですか!?瑞稀さんはっ・・・!っ、いっ・・・!」 「!まだ動くんじゃねえ!」 「えっ、」 聞いたことのない竜司の荒い言葉に、涼真は思わず動きを止めた。竜司はこほん、と咳払いをする。 「失礼しました。思わず・・・」 「あ、や、全然大丈夫っすけど・・・。え、森さんってもしかしてほんとはそういう感じなんすか?」 「・・・私にも、若いころはありましたから」 「あーなるほど?あはは、ヤンチャしてたってヤツっすね。何かカッケーなあ」 屈託なく笑う涼真。竜司は彼の顔をじっと見た後、静かに椅子に座り直した。 「頭は、残念ながらまだ来ていません。貴方が目覚めたら、知らせてお連れする予定にしていましたので」 「あ、そうだったんすか・・・。なんだ・・・」 「・・・変わらないんですね」 「え?」 「頭や私の正体を知っても、以前と同じように話してくださるんですね」 「!あー・・・そういや、何か色々聞いた気がするけど・・・。オレ、正直あんまり覚えてねえっていうか・・・頭が追い付いてなくて。もし良かったら、教えてくれないすか」 「・・・かしこまりました」 ここまで巻き込んでしまった以上、隠し事をしても最早無意味だ。竜司はそう判断して、龍櫻会のことを涼真に話した。 龍櫻会とはいわゆる世間一般でいうところのヤクザであり、戦前から存続している組織だということ。組織結成当初からの組長が掲げている「カタギには手を出さない」という教えの下、活動していること。基本的なところから、翔流が話したような内容まで、竜司は丁寧に教えてくれた。涼真は竜司の話を聞いて、やっと理解する。 「ヤクザって何かこう、一般人から借金の取り立てして~みたいなイメージがあるっすけど・・・」 「他の組織はそういったこともやっているでしょうが、私たちの場合は一般人には金を貸していませんね。普通の商売をしているような人間には、接触しないようにしています」 「なるほど・・・。じゃあ例えば、どんなことしてるんすか?」 「主には、夜の街の仕切りです。客商売というよりは、店の経営や不動産の売買を行っていますね。あとはまあ、夜の街なので警察が介入できないような問題もありますから、それを片付けたりといったところです。その部分については、詳しく聞かない方が良いかと。病み上がりのお体に障ります」 「え、おお、じゃあ聞きません、うん」 竜司は真摯に龍櫻会のことを教えてくれていて、その彼が聞かない方が良いというのならそれがいいのだろう。涼真はうんうんと赤べこのように頷いた。 「世間一般でイメージされているような薬物の売買にも、手を出していません。確かにアレは簡単に儲かりますが、リスクも大きいですから。・・・それを破ったのが、翔流です」 「!!」 翔流、という名前を聞いて涼真の記憶がまた蘇ってくる。最後の方の会話は全く覚えていないが、色々と失礼なことを言われたような。それに、殴られた気がする。涼真が頬を触ると、湿布が貼られていた。押さえると、ずきっと痛む。内出血か何かをしているらしい。 「そういやあの人は・・・」 「現在は、うちの屋敷で軟禁しています。存外大人しくしていますよ。ただ、頭は先日の一件が相当堪えたようで・・・組長の座を降りると仰ったのですが、それは組員総出で説得しました。翔流については、あとは頭がどう判断するかではありますが・・・。もし彼の処遇に関して何かご希望があれば、伺います」 「え、オレの?」 「もちろん。貴方は、翔流に殺されかけたのですから。誰よりも権利があります。頭も、貴方の希望なら叶えると思いますよ」 「そ、そういうもんなんすか・・・?」 「我々の世界では、そうですね」 「いや~、ぶっちゃけあの時のこと、オレほとんど覚えてねえし・・・。瑞稀さんが判断するならそれが正しいだろうから、それでいいっす」 「なるほど。かしこまりました」 そこでいったん言葉を切って、竜司は涼真の顔を見た。どうしたんだろう、と涼真は首をかしげる。竜司は言うのをためらうそぶりを見せたが、やがて決心したように口を開いた。 「・・・頭が身を置いているのは、そういう世界です」 「!」 「貴方が今まで触れたことのないような人間の裏の部分ばかりが見えて、信じていた人間にも簡単に裏切られて、誰の隣にいても息をつけなくなる。頭が・・・龍田鵬山がいるのは、そういう世界です。これからも頭の傍にいることを決めれば、貴方も無関係ではいられなくなる。もしかしたら、今回のように命の危険に晒されることもあるでしょう。そうでなくても、恐怖を感じることが多くなる。それでも、貴方は・・・頭の隣にいたいと、思えますか?」 涼真の脇腹が、ズキズキと痛む。この痛みは、間違いなく涼真が危険に晒された証だった。竜司は、だからこそ彼に問うたのだろう。いわば、涼真の覚悟を問うているのだ。涼真はしばらく黙って、それから竜司をまっすぐに見返した。 「オレは、それでも瑞稀さんの隣にいたいです」 「・・・!」 「瑞稀さんのことが好きだから、瑞稀さんの隣にいたい。オレはガキだから、正直瑞稀さんとか森さんがいる世界のことなんて全然分かってないと思う。けど・・・でも、瑞稀さんが良いんだ。龍田鵬山として生きてて、優しくて、強くて、めちゃくちゃかわいくて、そういう瑞稀さんだから好きになったんです」 涼真は一度そこで言葉を切り、息を吸った。 「どんな世界で生きてる人だとしても、オレは瑞稀さんがいい」 まっすぐで、眩しい言葉だった。竜司はフッと息を吐いて、それから頷く。 「なるほど、覚悟は決まっているということですね」 「はい」 「・・・頭は、貴方に出会ってからよく笑うようになりました」 「!」 「頭は幼いころから聡明で、わがままを言うより「何をすべきか」を考えて行動するような人でした。そんな頭が、貴方といるときだけは本当に幸せそうで。私が2人のお役に立てることなら、何でも致します。・・・頭のこと、どうかよろしくお願い致します」 竜司は立ち上がって、涼真に向かって深々と頭を下げた。そして、振り向いてドアの向こうに声を投げる。 「頭、今度は貴方の番でしょう」 「・・・え?」 今、何と。 涼真は竜司の言葉に、耳を疑った。 「彼は、若いながらに良い覚悟の決め方をしている。今度は、貴方の番ですよ。貴方が、彼と一緒になる覚悟をする番だ」 「ちょっ、森さん、今なんてっ・・・」 「そろそろ入ってきたらどうでしょうか、頭」 竜司がそう言った後、部屋の中には沈黙が落ちる。まさか、いやそんな。涼真が大混乱していると、やがて病室のドアが静かに開いた。 「・・・・・」 病室に入ってきたのは、涼真が会いたくて焦がれてどうしようもなくなっていた人物だった。 「え、なんで・・・さっき、瑞稀さんはまだ来てないって・・・」 「申し訳ありません。少々嘘を吐いてしまいました。実は、私がこちらに来るたびに一緒に来てはいたんです。ただ、頭が貴方に合わせる顔がないと言い張りまして・・・」 「竜司、余計なことを言うな」 「これは、失礼しました」 瑞稀は竜司を睨むが、彼は飄々と謝るだけだった。 「それでは、私は失礼いたします。実は涼真さんの入院について、お姉様の方に知らせていましたので・・・。涼真さんの意識が戻ったことは、私の方から報告しておきますね」 「え、姉貴が?」 「僕が連絡したんだ。ご両親は遠方で来られないだろうけど、お姉さんなら連絡がつくんじゃないかと思って・・・」 「そうだったんだ。じゃあ姉貴もここに来てくれてたってこと?」 「ああ。昨日まで、ずっとつきっきりでね。今日はどうしてもお仕事が抜けられないって言ってて、竜司に代わりを頼んだんだよ」 「あー、なるほど・・・。心配かけちまったかな」 「大丈夫ですよ。私の方から話しておきますので。それでは、あとはお2人でお話を。失礼します」 竜司は瑞稀の背中を半ば無理やり押して、病室から去っていった。2人はお互い無言で見つめ合ったが、先に耐えられなくなった涼真が椅子を指さす。 「とりあえず、座ってよ」 「・・・うん」 瑞稀は頷いて、ベッド横にある椅子に腰を下ろした。彼の表情は強張っていて、緊張しているようだった。それにつられるように、涼真の心拍数も上がり始める。拉致されていた時は必死だったから会話も何もあったものではなかったけれど、こうやって改めて再会すると何から話せば良いのか分からない。涼真が会話のきっかけを掴みあぐねていると、瑞稀の方から声がかかる。 「・・・傷は、どう?痛い?」 「え、あ、ああ。まあ、ちょっと?でも普通にしゃべれるし、全然大丈夫だよ。てか、あの日から何日経ってる?オレどれくらい寝てたの?」 「今日で4日目だよ。丸々3日、意識が戻らなかったんだ」 「3日?マジか・・・そんなに・・・」 「本当にごめんね。謝って済むことじゃないのは、分かってるんだけど」 「いや、瑞稀さんのせいじゃないだろ?あの時もだったけど、何でそんな謝るんだよ」 「僕のせいだからだよ」 ぴしゃり、瑞稀は淡々と言い放った。言葉こそ平淡だったが、彼の表情は苦しげに歪んでいる。 「僕が、涼真くんと関わらなければ・・・君と出会わなければ、こんなことにはならなかったんだ。それは、誰が何と言おうと事実なんだよ」 「けど、だからって・・・!」 「分かってたんだ」 「え?」 「分かってたんだ。僕と一緒にいたら、いずれはこんな目に遭わせてしまうって。分かってた、分かってたのに、僕は・・・」 瑞稀はうつむいて、自分の服の裾を握りしめた。 「分かってて、君の傍を離れられなかったんだ。君に甘えてしまって・・・。本当ならここに顔を出す資格さえないんだよ、僕は」 ごめんね、と瑞稀はまた謝った。何度も謝る瑞稀に、涼真はだんだんと怒りにも似た感情を覚える。何も教えてくれなくて、すべて自分のせいにして、こっちの気持ちを聞きもしないで。涼真はふつふつと湧いてくる何かを抑えきれずに、瑞稀の手をぎゅっと握った。 「!」 「何で、オレの気持ちは無視なんだよ」 「涼真くん、」 「会いたいってずっと思ってたのはオレだけなの?何で謝ってばっかで、オレの顔見ようともしねえんだよ!オレは、ずっと瑞稀さんに、」 「会いたかったに決まってるだろ!!」 瑞稀は、涼真の前で初めて声を荒げた。しかしそれとは裏腹に、彼の瞳には涙が滲んでいた。その表情を見て、涼真の頭が急速に冷えていく。湧き上がってきていたはずの怒りは、すうっと消えてしまった。 「本当なら、君の傍を離れたくなかった・・・!ずっと涼真くんといられたら、って何回も考えたんだ・・・!でも、そんなの許されるわけないんだよ!僕じゃ、君を幸せにできないんだ・・・!」 「・・・やっとほんとのこと言ってくれたな、瑞稀さん」 「っ・・・!」 「ずっと・・・何で瑞稀さんと会えなくなったんだろうって、考えてたんだ。嫌われるようなことしたのかなとか、本気だったのはオレだけだったのかなって」 「そんなわけ・・・」 「うん。森さんから聞いたよ。オレのこと守るために、オレと会わなくなったって」 先ほどの会話の中で、竜司は瑞稀が涼真と連絡を絶った理由を説明してくれた。翔流に涼真が狙われると危険な目に遭わせてしまうと、考えてのことだった。結果的に翔流の方が一歩先を行っていたため大変な目に遭わせてしまったが、瑞稀のやったことは理解してやってほしい、と。それを聞いたら、今までグルグルと考えていたことがすべて晴れたのだ。しかし瑞稀は、ゆるゆると首を振った。 「守るなんて・・・建前だよ。結局僕は、涼真くんに嫌われるのが怖かっただけなんだ。君にヤクザの組長だってことが知られて、君が僕から離れていくのが怖かっただけ。だから、自分から離れたんだよ。守るなんて、立派な理由じゃない。それに・・・結局、君を守れなかった」 「そんなことねえよ。助けに来てくれたじゃん」 「僕がもっとちゃんと考えていれば、そもそも君をこんな目に遭わせなくて済んだんだ」 「頑固だなあ・・・」 「だって本当のことだろう」 「じゃあ瑞稀さんは、もうオレと一緒にいたいって思ってくれねえの?」 「え・・・」 涼真は、じっと瑞稀の目を見た。その視線に、瑞稀は思わずたじろぐ。どこまでも真っすぐで、強くて、目をそらすことを許さない。涼真は瑞稀から決して視線を外さないまま、続けた。 「オレは、瑞稀さんと一緒にいたい。どんなことがあっても、瑞稀さんの隣にいるのがオレの幸せだって思ってるから。でも瑞稀さんがそう思わないなら、ここでオレのことフってよ。じゃないと、オレは瑞稀さんのこと諦められねえ」 「っ・・・・・」 「めんどくせえこと全部抜きにして、答えてよ。瑞稀さんは、オレと一緒にいるの嫌?」 瑞稀の手を握る涼真の力が、強くなる。瑞稀は、ゆっくりと目を伏せた。彼の目元から、雫が一つ零れ落ちる。 「ズルい聞き方だな・・・。僕が、涼真くんと一緒にいたくないなんて言えるわけないのに」 「じゃあ、ちゃんと言ってくれよ。オレ、バカだからちゃんと言ってくれねえと分かんねえ」 「・・・僕で、いいの?」 その問いは、かつて2人が結ばれた雨の日に瑞稀が涼真に聞いたものと同じだった。 「君の隣にいる人が、僕でいいの?」 「うん」 そして涼真の答えも、あの日と全く変わっていなかった。 「オレは、瑞稀さんがいい」 その答えに、瑞稀はようやく笑う。 「・・・降参だな」 「じゃあ、オレも聞いていい?」 「うん」 「瑞稀さんの隣にいる人は、オレでいい?」 瑞稀の言葉を借りたセリフ。瑞稀は立ち上がって、涼真をぎゅっと抱きしめた。 「涼真くんがいい」 ふわりと香る、香水と煙草。ずっとずっと、涼真が求めていた温もりだ。涼真は堪らなくなって、細い肩を強く抱き寄せた。 「・・・涼真くん」 「うん?」 「キス、してもいい?」 「!」 瑞稀からキスをねだられるのは、初めてだった。涼真は、もちろんと大きく頷く。 「何か久しぶりすぎてドキドキすんね・・・」 「あはは、僕もだよ」 2人は軽口を言い合った後、視線を交わす。そして、どちらからともなく瞳を閉じて唇を重ねた。

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