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エピローグ
涼真が無事に退院してから、1か月後の夜のこと。涼真は、立派な門構えの屋敷の前に立っていた。
「ほあ~・・・!!」
賑わう市街地から車で1時間ほど。郊外の高級住宅街の中に、その屋敷はあった。周辺の住宅から少し距離をとった位置にあるその屋敷は、龍櫻会の本拠地であり、瑞稀が住まう場所だ。涼真は今日、瑞稀に連れられて屋敷にやってきた。
「でっけー・・・」
「どうしたの?涼真くん」
門の前に停めた車から、瑞稀が降りてくる。先に降りていた涼真は、呆けた顔で彼を見た。
「やっぱ瑞稀さんってお金持ちだったんだな・・・」
「あはは、何だか昔話したようなことだね。確かに、世間一般的に見たらお金に困ってはないかな」
「うわ~・・・言ってみてえ、そのセリフ・・・」
「ふふ、心配しなくても一生養ってあげるよ」
「瑞稀さんが言うと何か怖い意味に聞こえる・・・!」
「うん?どういう意味かな?」
「や、何でもねえっす・・・」
ぽんぽんと会話をしながら、門をくぐる。すると突然、地響きのような大勢の声が聞こえた。
『おかえりなさいませ!!』
「うおっ!?」
門の中にいたのは、一列に並んだ黒スーツの男たち。涼真は飛び上がって、瑞稀の背に隠れる。瑞稀は彼の反応を可愛らしく思いながら、男たちに右手をあげた。
「出迎えご苦労。下がってくれ」
『はい!!』
瑞稀の一言で、まるで軍隊のように男たちが散っていく。涼真はそれをポカーンとしながら見ていた。ほんの数十秒の出来事だが、まるで映画の中だ。本当に瑞稀は組長なのだと、涼真は今更ながらに実感する。
「瑞稀さんって、マジで組長だったんだな・・・」
「あれ、信じてくれてなかったの?」
「いや、ていうか実感がなかったっつーか・・・想像がつかなかったっつーか・・・」
「・・・怖くなった?」
瑞稀が眉を下げる。涼真は、違う違うとブンブン首を振った。
「映画みたいでめっちゃかっけーってなっただけ!」
「本当?」
「ほんと!あの人たちは、えーっと、組の人?なのか?」
「そう。僕の部下って言うと分かりやすいかな」
「すげー・・・みんな瑞稀さんの言うこと聞く人たちなんだ」
「まあ、そういう組織だからね」
「オレ、全然挨拶してないけどいいのかな?」
「大丈夫だよ。僕と一緒に来てる時点で、そういうことだって分かってるから」
「な、なるほど・・・」
挨拶もしないまま組長の恋人として認識されているというのは、それはそれで照れくさいのだが。そういう問題ではないのだろうか。瑞稀はこう言うが、いつかは挨拶をした方が良いだろう。涼真は密かに決意した。
「ちなみに、僕がここに恋人を連れてきたのは初めてだからね」
「えっ、」
「もしかしたらこれから根掘り葉掘り聞かれるかもしれないけど、大丈夫?」
「だ、大丈夫!何でも来い!」
「ふふ、頼もしいな」
門から玄関までの長い道を歩いていた2人だが、正面口が近づいてきたところで瑞稀が右に曲がる。そして、涼真を手招きした。
「今日はこっちだよ」
「あ、そうなんだ」
「こっちの離れに泊まってもらおうと思って。向こうは組員がウロウロして落ち着かないだろうけど、離れの方には僕以外誰も出入りしないんだ」
「おー、瑞稀さんの部屋ってこと?」
「うん、そういう感じかな。寝室とかも全部こっちにあるから」
瑞稀に連れられるまま、涼真は離れの玄関に入った。離れといっても、立派な平屋。面積でいうと、一軒家くらいの広さはありそうだ。オレはこっちで十分だな、と涼真はこっそり思う。狭い家に慣れているせいで、広い屋敷で過ごすとなると落ち着かなくなるのは容易に想像できた。
「おじゃまします!」
「うん、どうぞ」
靴を脱いで上がると、瑞稀の家にやってきたんだということを実感して涼真の心拍数が上がる。今日ここにやってきたのは、涼真のおねだりが発端だった。
無事に瑞稀と想いを伝え合って再び結ばれた涼真だったが、その後1週間程度は入院を余儀なくされた。本人はピンピンしているつもりだったのだが、術後の経過観察で安静にしなければならない期間が延びたのだ。結局、事件の日から2週間経って涼真は病院を後にした。ちなみに、その際迎えに来てくれた姉には「これからいろいろと頑張りなさいよ、しっかりね」とエールをもらった。後で聞いて驚いたのだが、涼香は瑞稀に2人の関係を応援していると伝えていたそうだ。涼真としても、最強の応援がついたなと心強かった。
そんなこんなで涼真が退院した後、瑞稀は快気祝いに何かしてほしいことはあるかと彼に尋ねた。そこで涼真が「瑞稀さんの家に行ってみたい」と言い出したのだ。以前ならやんわりと断っていた瑞稀だが、もう隠すことは何もない。彼は涼真のおねだりに頷いて、今日という日を設けた。夕方からデートして、食事を楽しんで。そして竜司の運転する車に乗り、龍櫻会の屋敷にやってきたというわけだ。
「広いな・・・迷子になっちまいそう・・・」
「あはは、それはさすがに大げさだよ」
「いやだって、こんな広い家初めてなんだよ!瑞稀さん、ほんとにここ1人で住んでんの?」
「うん。元々は、両親と暮らしてたんだけどね。先代が自分の奥さん・・・つまり僕の母親なんだけど、彼女のために建てたんだ。2人で過ごせる場所が欲しいって言われたらしくて」
「へえ、瑞稀さんのご両親ってラブラブだったんだな」
「そうかな?確かに、仲は良かったよ。ここがリビングっていうか、一番使ってる部屋かな。寝室はこの奥。どうぞ入って」
「わーすげー!おじゃまします!」
瑞稀が案内してくれたのは、離れの中央辺りに位置する広い部屋だった。ソファがあって、酒瓶を並べているショーケースのようなものもある。それからテーブルと、テレビ。そして部屋の奥にドアが見えた。あそこが寝室らしい。涼真はとりあえず邪魔にならない端に、荷物を入れたリュックを置く。
「もう遅いし、先にお風呂にしようか?」
「あ、そうだな。風呂、広い?」
「うん、それなりには」
「すげー、楽しみ!」
「あはは、ご期待に添えるかな。お風呂はこっちだよ」
瑞稀が案内してくれた風呂は、高級ホテルの露天風呂くらいの広さがあった。1人で入るどころか、家族で入っても全く問題なさそうな大きさだ。涼真は、また口をポカーンと開ける。掃除が大変そうだな、と思うのは庶民の感想だろうか。
「洗面所はこっちね。何か必要なものある?」
「や、特には・・・。歯ブラシとかも持ってきたし」
「そっか。じゃあゆっくり入ってね。僕はさっきの部屋で待ってるから」
「はーい」
ドアが閉まって瑞稀が行ってしまったのを確認してから、涼真はフーっと大きく深呼吸をした。
今日ここに来たのは、瑞稀の家に来たかったという純粋な気持ちだけではない。もちろん、何も気にせずに2人きりになりたいという願いだってある。だがそれはもう、もちろん下心もあるわけで。色んなことがあった。本当にいろんなことがあったが、今回こそはもしかしたらもしかするかもしれない。瑞稀だって、恐らく少しくらいは考えてくれているだろう。いや、考えていてほしい。やっと、やっと本当の意味で、想いが通じ合ったのだから。
意識しすぎるのもどうかとは思うが、意識しないのは無理だ。だって、瑞稀のことが好きなのだから。涼真は誰に言うでもない言い訳を心の中でブツブツ言いながら、いつもより入念に髪を洗って体も洗った。そして湯船に浸かり、のぼせるほど温まってから風呂を後にする。持ってきた部屋着に着替えて、ポケットに避妊具をこっそり忍ばせた。これは男の嗜みだ。そう、男として、恋人と2人きりになるならといざという時のことを考えたまでだ。涼真は、また誰も聞いていない言い訳を並べる。
「瑞稀さん、風呂ありがとー」
何でもない顔をして部屋に戻ると、瑞稀はソファに座って何かの資料を読んでいた。涼真が部屋に入ってきたのに気づくと、顔を上げて微笑む。
「ゆっくりできた?」
「そりゃもう!広すぎてちょっと落ち着かなかったけど・・・」
「あはは、そっか。じゃあ僕も入ってこようかな。よかったら、先に寝室に入ってて」
「!うん、じゃあそうしよっかな。スマホ充電していい?」
「もちろんどうぞ。ベッドのサイドテーブルのとこに電源があるから」
「はーい」
瑞稀が言ってくれたのだし、これは入るしかないだろう。涼真は部屋の奥にある寝室のドアを開けた。そして、本日3度目のポカン顔になる。部屋にあるベッドが、見たことがない大きさだったからだ。いわゆる、キングサイズくらいだろうか。これに1人で寝ているのか、と驚くしかない。
「でっけー・・・マジか・・・」
昔彼女と入ったラブホテルにあるベッドよりも、大きい。涼真は端っこから恐る恐るベッドに乗って、ふかふかと感触を確かめた。何だか、高級な手触りだ。ジャージで上がるものではない気がしてきた。もしかしたら、今夜、ここで。そう思うだけで、涼真の心臓の音が大きくなる。初めてではないのに、なぜこんなにも緊張するのか。それは、瑞稀が相手だからという理由以外なかった。
「は~・・・やべえ・・・」
色々と耐え切れなくなって、涼真はベッドにぼふっと寝転がった。大柄な涼真が大の字で寝ても、手足がはみ出さない。本当に広いベッドだ。
天井の模様を見つめて、どれくらい経っただろうか。ドアが開く音がして、涼真はガバっと起き上がった。
「ごめん、もう寝てた?」
「や、全然!ぼーっとしてただけ・・・」
涼真は瑞稀の方を見て、ひゅっと唾を飲み込んだ。彼の格好に驚いてしまったのだ。彼はジャージのような服ではなく、いわゆるバスローブとかガウンと呼ばれるタイプのものを身に着けていた。下にズボンを履いてはいるが、首元から鎖骨にかけて露出しているのが何とも煽情的だ。これで、何も思うなという方が無理だ。涼真は一瞬で膨れ上がった欲を必死に鎮火させようとした。そんな涼真を知ってか知らずか、瑞稀がベッドに上がってくる。涼真の勘違いでなければ、彼もどこか緊張しているようだった。
「ふふ、涼真くん緊張してる?」
「そ、そりゃあ・・・。瑞稀さん、オレこういうの誤魔化せないから聞いちまうけど、いい?」
「うん?」
「今日、オレはそういうつもりでここに来たんだけど・・・。瑞稀さんもそう思ってるってことで、合ってる?」
言葉こそぼんやりさせたが、瑞稀には伝わったようだ。彼は頬を染めながら、頷いた。
「・・・そのつもりじゃなきゃ、ここに案内してないよ」
「!」
その答えを聞いた途端、涼真の体温がぶわっと上がった。
「でもその前に、涼真くんに見てほしいものがあって」
「?見てほしいもの?」
「うん」
瑞稀はそう言って、涼真に背を向ける。何だろうと涼真が首をかしげていると、瑞稀はおもむろに自分の襟元を乱して、上半身をあらわにさせた。
「・・・!!」
涼真の目に飛び込んできたのは、迫力満点の龍の顔だった。そして見事な、桜吹雪。それは、瑞稀の背に刻まれている入れ墨だった。
「それって・・・」
「この入れ墨は、龍櫻会の組長が代々受け継ぐものだよ」
「!そうなんだ・・・」
あまりの美しさに、涼真は見入って言葉を失う。色白の瑞稀の肌によく映える桜色と、彼の覚悟を表しているような雄々しい表情の龍。この入れ墨には、瑞稀の背負っているものがすべて詰まっているのだ。
「触ってもいい・・・?」
「うん、いいよ」
涼真が手を伸ばして触れると、瑞稀の肩が少しだけ跳ねた。涼真の指が、龍をすぅっとなぞる。
「すげー・・・綺麗だな・・・」
「・・・!」
涼真の口から転がり落ちた言葉に、瑞稀が目を見開いた。そして、泣きそうな顔で微笑む。
「・・・綺麗だって、言ってくれるんだね」
「え、だって綺麗だから・・・。あと、すげー強そう・・・」
「怖いとは思わない?」
「何で?だって、これって瑞稀さんが大事にしてるもんだろ?怖いわけねえじゃん」
涼真は、当たり前だといわんばかりに言ってのけた。そうだ、彼はこういう人間だった。瑞稀が大切にしているものを、同じように大切にしてくれる。瑞稀はじんわりと目元が熱くなるのを感じながら、服装を直した。
「前は、この入れ墨を見せられなくて・・・。涼真くんとそういう雰囲気になるのを避けてたんだ。本当にごめん」
「あ、なるほど・・・。そうだったのか。いいよ、それは仕方なかったよな。オレとそういうことするのが嫌だって思ってたわけじゃなかったんだ」
「もちろん。本当は、全部見せられたらいいのにって思ってた。全部見せた上で、涼真くんとずっと一緒にいられたらって・・・」
その言葉は、涼真にとって何より嬉しいものだった。涼真が手を伸ばすと、瑞稀はそれに応じて彼に体を預けてくれる。抱きしめ合うと、高鳴ったお互いの心音がよく聞こえた。
「今から、全部見せてくれるよな」
「うん。もう何も隠すことなんてないから。全部、見てくれる?」
「見るよ、全部。瑞稀さんが恥ずかしいって言っても、たぶん止められねえから」
「止めなくていいよ。その代わり、僕にも涼真くんの全部を見せてほしい」
「もちろん」
抱きしめ合ったまま、キスをする。最初は触れ合うだけ、そしてだんだんと舌を絡め合って口づけが深くなった。
「ん、んぅ・・・んんっ、ふっ・・・」
「っ、ん、瑞稀さん、」
涼真は瑞稀の名前を呼んで、それから彼の体を組み敷いた。瑞稀はされるがまま、ベッドに背を深く預ける。目の前のかわいい恋人が、欲を隠そうともしない瞳で見つめてくる。その事実に、瑞稀の体温も上がり続けた。
「あ、」
「ん・・・?」
「あの、勢いで押し倒しちまったけど・・・オレが、その・・・こっちでいいんだ、よな・・・?」
このまま勢いで始めたってよかったのに、彼はこういうところが律儀だ。瑞稀はふふっと笑い声をあげる。
「ここでそれ聞くんだ?」
「あー・・・ごめん・・・」
「いいよ。涼真くんになら何されたっていいから」
「そ、そういうこと言われるとマジで止まんなくなるからヤバいって・・・!」
「そう?じゃあ、僕がそっちになろうか?」
「えっ、」
瑞稀の言葉を聞き返す間もなく、涼真の視界が反転する。先ほどまで涼真が瑞稀を押し倒していたはずなのに、気づけば瑞稀の顔が自分の上にあって。彼の頭越しに、天井が見える。要は、涼真が瑞稀に押し倒される体勢になっていた。一瞬の出来事に、涼真は自分の身に何が起こったのか分からなかった。
「僕ね、こう見えても合気道とか柔道とかで段持ってるんだ」
「・・・え!?そうなの!?」
「うん。一応、護身術として一通りやってて。だから、涼真くんくらいの人なら簡単に投げ飛ばせるし、こうやって上をとるのも簡単なんだよ」
「す、すげー・・・絶対勝てねえじゃん・・・」
「そうだね。涼真くんならひょいって倒せるかな」
「ひえ~・・・」
「そんな僕が、抵抗しなかったってことは?」
「・・・・・!!」
そう問われて、涼真はハッとした。つまり、瑞稀は望んで涼真に組み敷かれたということ。それに気づいて、涼真は一気に顔を赤くした。
「嘘だろ・・・!瑞稀さん、男前すぎるってかヤバすぎ・・・!」
「こういう僕は嫌い?」
「大好きっす・・・」
「よかった」
にこりと微笑まれて、涼真はもう何も言えなかった。情けないやら、悔しいやら、嬉しいやら。実に複雑だ。しかし、ここまで恋人に言わせてうじうじしているようでは、男ではない。涼真は赤い顔のまま、瑞稀を見上げた。
「瑞稀さん、もっかい押し倒してもいい・・・?」
「ふふ、うん。どうぞ」
瑞稀は涼真にもたれかかって、今度こそ彼にすべてを預けた。
差し込む朝日を感じて、涼真はゆっくり目を開ける。ぼんやりとしたまま視線を動かすと、自分の腕の中ですうすうと寝息を立てている恋人が目に入った。彼は素肌のままで、自分も素肌のままで。そこまで気づいて、涼真は昨夜の出来事を思い出す。
「・・・やべー・・・幸せだ・・・」
涼真は噛み締めるようにつぶやいて、瑞稀を抱きしめた。
すべてを見せてくれると約束してくれた通り、瑞稀は恥ずかしそうにしながらも涼真に乱れた姿を曝け出してくれた。大切にしたいと思いながら、涼真はそんな彼に欲を抑えきれずに何度も何度も瑞稀の体を貪って。本当に、本当に幸せな夜だった。
「ん・・・・・」
「!」
涼真が昨夜の出来事に思いを馳せていると、眠っていた瑞稀がもぞもぞと動いた。そして、ぼんやりと瞼を持ち上げる。
「りょうま、くん・・・」
「お、瑞稀さんおはよう」
瑞稀の声は、昨夜のあれこれのせいで掠れていた。それに苦笑しながら、涼真は彼の顔を覗き込む。瑞稀は数秒経ったあと、おはようと返事をした。かわいい。涼真の率直な感想だ。ちゅ、と瑞稀の額に涼真がキスをすると、幾分か覚醒したようで瑞稀がくすぐったそうに笑った。
「早いね、涼真くん」
「何か目ぇ覚めちまったんだ。瑞稀さん、体大丈夫?その・・・だいぶ無理させちまったけど」
「大丈夫だよ。ちょっとだるいけど・・・嬉しかったから」
「・・・!マジで・・・ダメだって、瑞稀さん・・・」
「ええ?どうして?」
「そういうこと言われたら、またシたくなるじゃん・・・」
「ふふ、若いなあ」
不意な年下扱いが悔しくて、涼真は瑞稀の白い首筋に吸いついた。昨夜、散々赤い跡を散らした上に重ね書きをするように舌を這わせる。瑞稀は身をよじったが、本気の拒絶でないのは明らかだった。
「あ、こら、ふふ、んっ・・・」
「そんな余裕なんだったら、ほんとにするよ?」
「待って待って、ごめんって、あ、んっ・・・」
じゃれつくように始まった愛撫に、瑞稀は甘い吐息を漏らす。だが、瑞稀の右肩の入れ墨に口づけたところで、涼真が何かを思い出したのか動きを止めた。
「あ、」
「ん・・・?どうしたの・・・?」
「あのさ、もし教えてもらえたらでいいんだけど・・・」
「うん?」
「今、翔流さんってどこにいんの・・・?」
「!」
どうやら、入れ墨の桜紋を見て龍櫻会や翔流のことを思い出したようだ。そういえば、涼真の回復を待つ間はお互いの近況を話すことで一生懸命だったし、それ以降も特に話題が上がることがなかったので、なかなか話せないままでいた。確か、竜司は翔流の近況について「龍櫻会の屋敷で軟禁している」と言っていた。それなら、この離れの近くにあるあの大きな屋敷の中にいるのだろうか。瑞稀は、ああと頷いて答えてくれた。
「翔流なら、今は組員として龍櫻会に戻ってるよ」
「え、そうなんだ!?」
涼真は思いがけない答えに、思わず大声を出した。さすがにそれはないだろうと思っていたのだ。だって、翔流は瑞稀を殺そうとしていたわけで。そんな彼が、今龍櫻会にいるとは。正直に言って、衝撃的だった。
「大丈夫なの?その・・・いろいろと」
「はは、まあそういう反応になるよね。僕も最初は殺す以外考えてなかったんだけど・・・」
「あ、うん・・・」
殺すという物騒な単語がさらりと聞こえてきたが、今更そこに驚いていては瑞稀の恋人は務まらない。涼真は務めてスルーして、続きを促した。
「涼真くんが、止めてくれたのを思い出したんだ。死んだら仲直りできないだろって。あの時言ってくれたでしょ?」
「え、言ったっけ?ん~・・・何か言ったような、言ってないような・・・」
「言ってくれたよ。涼真くんが撃たれて、僕が翔流を撃ち返そうとした時。あの瞬間は何を言ってるんだって思ったんだけど・・・やっぱり、何も話さないままは良くないって思い直してね。何度も話し合って、殴り合いもして・・・」
「あ、殴り合いはしたんだ・・・」
「まあ、男兄弟だしね。昔からよくケンカはしてたし。それで、龍櫻会が欲しいなら今度は正攻法で組長の座を奪えって言ったんだ」
「・・・え!?瑞稀さんが!?言ったの!?」
「うん。組の中で認められたら、組長を継ぐことはできるから。その時までに、あの古い掟を守ってる意味を理解してくれたらって思ってるんだよ。僕にも譲れないものはあるけど、翔流を追い出せばまた同じことの繰り返しだから」
「そっか・・・。やっぱすげーな、瑞稀さん」
「?」
男前というか、人情に厚いというか。この細い体で、龍櫻会という任侠一家のすべてを背負っているだけはある。涼真は、いま一度瑞稀に惚れ直すのだった。
「だから、涼真くんが心配することはないよ。あ、もし翔流にちょっかいを出されたら、すぐに僕に言ってね。シメるから」
「瑞稀さんにシメられたら痛そうだな・・・」
「あはは、そうだね。本気度によるかな」
「こえ~・・・」
「それはそうと・・・」
苦笑いする涼真の首に、するっと瑞稀の腕が巻き付く。
「!」
「ベッドの中で僕以外の男の話をするなんて、感心しないなあ」
「えっ、みず、んんっ!」
瑞稀は涼真をぐっと引き寄せて、その唇に噛みついた。そのまま舌が侵入してきて、涼真は目を白黒させる。
「ちょっ、ん、んんっ、みずき、さん・・・!えっ、どこでスイッチ入ったのっ、」
「だって、涼真くんが翔流なんかの話するから」
「や、それはごめんだけど・・・。でも、翔流さんは瑞稀さんの弟だし・・・」
「弟でも何でも、ここで僕以外の名前を呼ぶのは禁止だよ」
瑞稀の唇がつんと尖る。どうやら拗ねているらしい。涼真はかわいいのと愛しいのがぐちゃぐちゃになって、彼の体をぎゅうっと抱き込んだ。
「かわいい、瑞稀さんめっちゃかわいい・・・」
「もう、昨日からそればっかり言ってる」
「だってかわいいんだもん」
涼真がさも当たり前のように言うと、瑞稀は照れくさそうに涼真から視線を外した。
優しくて、強くて、かわいいかわいい恋人。
涼真は彼のご機嫌を取るべく、その唇にリップ音を立ててキスをした。2人の甘い朝は、まだ始まったばかりだ。
―END―
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