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第1話
「あっづー──」
毎日 あっちー。
上着ダルい、Yシャツベタベタ、ネクタイうぜえ。あー鬱陶しい。
クールビズ?知ったことか。日本のリーマンの大半はスーツ着用義務の社畜なんだよ。
もう23時を回っているにも関わらず歩いているだけで、こめかみから汗が伝い落ちてくる。
くっそ。金曜だぞ。呑みでもなく残業でこんな時間かよ。ふざけんな。
たまたま今日は金曜だが、いつもこんな調子で毒づいている。ただし脳内でだ。
その角を曲がれば、もう自宅のマンションが見える。
手前の公園を突っ切ったらゴールだ。そう思うと走り出したくなってくる。俺は結構ガキっぽい。
当然いい大人が意味もなく走っても、ロクな事がないので実行はしない。自覚はちゃんとある。
公園の半ばまで来た所で、片膝を立てベンチに座っている人影に気付いた。
かなり若い。ゆるゆるのトップスがずり落ち、インナーのタンクトップが肩口からだらしなく覗いている。脚の線が丸分かりの細いジーンズは腿と膝が裂けたやつだ。
あー涼しそうな格好。
今はそうとしか思えなかった。
「ねえねえ、お兄さん」
もちろんジロジロ眺め回したりしていない。視界に入る範囲内で確認しただけだ。何も因縁を付けられることはしていない。それなのに通り過ぎた所で背後から呼び止められた。
明らかに俺に言っていたが、聞こえないフリをする。面倒だからだ。
──まあ俺はお兄さんじゃねえしな。もう三十路のおっさんだ。
でもなーおっさんって呼ばれたら立ち止まるかっつったら、それも微妙だよなぁ。それはそれで失礼じゃん。
声の主を放ったまま、二、三歩行った所でタタタッと軽快な足音と共に、人影に回り込まれる。
「お兄さんってばー」
「お兄さん?ドコに居んだ。呼んでますよー、オニイサーン」
「もう、いるじゃん。目の前に」
逃してくれそうにない。諦めて目の前の人物に目をやり、溜息が出る。まだ子供 だ。いいとこ15、6才だろう。男性ですらない。男子だ男子。
──何の用だ。という念を込めて黙ったまま見つめる。何を勘違いしたのか『少年』は手を後ろに組んで、もじもじしながら「えへへ」と言った。
……最近レッサーパンダの動画にハマっているが……アレを見た時と同じ気持ちになった。愛らしいが、ぶん殴りたい。
「何の用だよ。誰だ、お前」
訊いてやると、あからさまに嬉しそうに答える。
「おれ上城海袮 」
「ふうん?」
全く知らない名前だ。だから何だ、と目で促す。
海袮は眉毛をハの字にして笑った。
「あのさ……俺、事情があって帰れなくてさ……」
「なんだ、迷子か。あのな、この公園を出てすぐに交番があるから──」
「違うっ。迷子じゃねえよ!」
──非常に面倒臭い事態が起こる予感がする。俺は頼み事がしにくいように、嫌そうな顔をキープした。
「単刀直入に言うと今夜泊めて?」
効果は全く無かった。
「馬鹿かお前。見ず知らずの人間を泊められるかよ。しかもおまえ未成年だろ、俺が捕まるわ。交番いけ交番!」
「それじゃ意味ないんだって……じゃあ……いい」
拗ねたように海袮はベンチに戻って、膝を抱える。
「──他の人が通るまで、また待つ」
知ってるか、それ脅迫って言うんだぞ。
こんなガキ無視したっていい。
事実その方がこいつのタメだ。
俺は清廉潔白な大人じゃない。むしろその対極にいる。──だから、他の奴に連れて行かれるくらいなら……俺がお持ち帰りしようかと考えている。もちろん下心ありまくりだ。
「変な奴に着いて行って、なんかされてからじゃ遅せぇんだぞ」
「じゃあお兄さんち連れてってよ」
見上げる瞳がやけに潤んでいるように見える。
──やべえ。こいつガキのくせに色気だけはある。
「俺が変なことしねえって、保証はねぇだろうが」
これで俺を信じるようなら、連れて帰る振りをして交番に置いてこよう。
「──分かってるよ……?」
だが海袮は共犯者のように濡れた眼差しを俺に寄越した。
どこまで理解してるかは知らないが、高潔無比って訳でもないようだ。もうこの遣り取りも飽きてきた。暑いし早く帰りたい。
「丘 」
合意の証明に名乗ってやった。
「それ苗字でしょ?ねえ下も、下の名前おしえて」
歩き出した俺に、スキップでもしかねない勢いで海袮が後ろから着いてくる。
「なんでだよ。苗字が分かればいいだろ」
「名前で呼びたい。俺のことも海袮って呼んで良いから!」
いちいち面倒臭い奴だ。
「……秋良 」
「秋良」
「呼び捨てかよ」
「あっくん?」
そのセンスに俺は色々と諦めた。
「ああ、呼び捨てで構わねーわ」
そして俺と海袮は交番の前を通り過ぎマンションに入った。
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