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第2話
部屋に上がり込んだ海袮 はキョロキョロと楽しそうに周りを眺めている。
「これが秋良の部屋かぁー」
初対面の人間の部屋を見る目つきじゃない。遠慮がなさすぎる。子供のそれだ。
「おまえ歳いくつ?」
「二十歳」
間髪入れずの即答だった。用意していたとしか思えない。俺が口を開く前に海袮が言う。
「秋良は?」
「お前が本当に二十歳ならプラス十」
「えぇ!?見えないね」
「そりゃどーも」
勝手に若い方に受け取っておくが、もうこの返しがおっさん臭い。
明るい所で見る海袮は、服装に比べて真面目そうだった。髪も黒いし、長すぎず短かすぎずで清潔感に溢れてるし、ピアスも開けていない。
下手すりゃ中学生……いくらなんでも、それはないよな。
恐ろしい考えに頭を振る。
「親には連絡してあんだろうな」
「それは平気。友達んとこ泊まるって口裏あわせてある」
「──そこまでして帰れない理由ってなんだよ」
「………」
海袮に言う気はなさそうだ。
「まあいいや、どうせ連れてきちまったんだし。おまえ先シャワー浴びてこいよ」
「うわ!なんかソレやらしい」
汗だくだろうと思って、人が気を遣ってやればこれだ。俺はネクタイを乱暴に外しながら横目で睨んだ。
「マジで犯すぞ」
「……ッ!」
ほんの軽口のつもりだったのに、海袮は服の裾を掴むと硬直し真っ赤になっている。
──なんだその反応。自分から言ったんじゃねえか。そんな顔されたら本気でどうにかしたくなんだろ。
理性ある善良な大人の皮を被る気はなかった。だからこそ海袮の意図がどこにあるのか知っておきたい。自分本位な行為は好みだが、自分の欲望だけを押し付けるのは趣味じゃなかった。それに、それこそ訴えられたらアウトだ。
手ぇ出さなきゃいい話だけどな。煽ってくんだからタチ悪りぃ。
大股で近寄って行くと、そのぶん海袮は後退した。そんな事をしたら自分の首を締めるだけだと分かっていない。すぐに背後を壁が遮り、追い詰められる。
俺よりも頭一つ分は小さい海袮の頭上で肘をつき、抱き込むように屈んでさらに行き場を塞いだ。海袮の体には触れていない。
「そのつもりで来たんじゃねえの。なあ海袮?」
顔を覗き込み、威圧を込めた低音で訊く。目は合わせられないらしい。怯えるというよりは、照れているように見える。
楽しくなった俺は顔を近づけてよく観察した。
長いまつげに縁取られた瞳は黒目がちで横に大きい。細い鼻筋はまっすぐ通っていて、先がツンと上を向いているところが小生意気そうに見える原因だ。唇はピンクで薄い。
結構整った顔立ちしてんじゃねーか。俺ほどじゃねえけどな。
「俺、は──っあ……だ」
無遠慮にじろじろ見られる視線に堪え兼ねたのか、顔をそらしたまま小声で海袮が何かを言った。
「はあ?聞こえねえって」
「──シャワー、浴びてくるっ!」
海袮は俺の下をくぐり抜けて飛び出すと、廊下にあるドアを勢い良く開けた。俺は思わず笑ってしまう。
「馬っ鹿、そっちはトイレ。風呂は反対。見りゃ分かんだろ」
慌てて向きを変えると今度こそ風呂場に入っていった。
判断つかねえな。
海袮が何を考えているのか。話は通じている。
──ってことは興味はあるけど、踏み込むのは怖いってとこか。
夏休みで開放的になった十代の性が爆発して、未知の世界に飛び込んだのか?自分にも十代で無茶した記憶があるから、分からなくもない。
にしても相手は誰でも良かったとして、あんな場所で成功率の低い賭けに出るもんか?ハッテン場じゃない、マンションの公園だぞ。本当に交番に連れて行かれる可能性の方が高い。
想像してみても結局のところ分からない。無駄だと思い、俺は考えるのをやめにした。
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