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愛があれば大丈夫

 フライパンに乗りかかられた。 「お前、またかよ。昨日もシタだろ」  ガスコンロは迷惑そうに舌打ちしてみせる。が、まんざらでもないのはガスの元栓が開いていることでわかる。 「1日1回じゃ足りないよお。本当は3回くらいシタいのに、我慢してるんだもん。ガスコンロも本当は……同じ気持ちでしょ♥」  フライパンにサラダ油を注ぐ。 「ああん、ぬるぬるするう。ねえ、ガスコンロ、早くう」  ガスコンロがため息を吐いてみせる。 「しかたねえな。お前はいつでもサカリやがって」  弱火でサラダ油を温めていく。 「ん……♥ はあ。温かい。もっと熱くなりたいよお」 「ゆっくり焦らしてやるよ。油でぬるぬるになるまでな」 「こんな温度じゃ、もどかしいよお。んっ、油もすごくぬるぬるで感じちゃう」  フライパンはぐるりと身を揺すって油を全体に塗り拡げる。 「こら、勝手に気持ちよくなってんじゃねえよ」 「だってえ、もう待てない」 「仕方ねえな」  ボッと音を立てて、ガスコンロが強火になる。 「ああん! 急に強い! 燃えちゃいそう!」 「どこまでも熱くなりな。ほら、これを入れてやるよ」 「たまごぉ、またぬるぬるだあ。んん……、すっごく硬くなってく。たまらないよ、もう出ちゃう!」 「ああ、一度出しとけ」  フライパンの上でじゅうじゅうと熱されたたまごを皿に出す。 「ん……、すごく良かった。もう体がほてって……」 「ああ、もう熱いな。今日は激しくするぜ」 「あん♥ 嬉しい♥ 早くう」  フライパンはまたガスコンロに馬乗りになり、再度、油を引いた。 「ああん! 熱々にとろとろの油がたまらないよお」 「ほら、硬いの入れてやるよ」  勢いよくフライパンの中に硬いものが投入された。 「ひやああん! 急に入ったらだめえ、またイッちゃう!」 「ああ、何度でもイケよ。何度でも炙ってやるからな」 「すごいい! ああ、硬くて傷ついちゃいそう!」 「嘘つくなよ。もう柔らかくほぐれただろ」 「ううん、まだ。まだだめえ」  温かい白米がフライパンの中心に投入される。 「ん……、ほぐすから、待って」  ガスコンロがフライパンの痴態に釘付けになる。ガツンガツンと音を立ててフライパンの底とガスコンロが擦れ合う。  フライパンの中は柔らかくなった野菜とハム、白米がぐちゃぐちゃに混ざっている。  それでもまだフライパンは振り続ける。 「くっ、そんなに煽るな……!」 「ガスコンロお、もっともっと熱くして。俺、ガスコンロとなら燃え尽きてもいい!」  それは叶えられない願い。フライパンとガスコンロがどんなに願っても、ガスコンロの火力で鉄が溶けることはない。  悲しみを注ぎ込むように、たまごをフライパンにぶちまける。 「ああん、硬いのが入ってくるう。出る! 出る!」  最後に激しく揺すって、フライパンはぐったりとガスコンロに身を預けた。  フライパンの中のものが少しずつ掻き出されていく。 「ああ、ああん。イッたばかりなのにこすらないでえ」  ガスコンロは熱くなったフライパンの肌の感触をじっと味わっている。  フライパンについた汚れをきれいに落とす。ほてりが取れたフライパンはガスコンロの上に乗りかかる。 「ガスコンロ、すごく良かった」 「お前だけ満足してるんじゃねえよ。俺はまだ熱いんだよ」 「そんなあ、もうむり……」  油を引かれることもなく、一気に高温にさらされる。 「あっ、ああ! 熱い! ガスコンロ、すごく熱くて激しいよお」  フライパンは水分が吹き飛ばされカラカラになるまで熱された。 「あん、ガスコンロ……。体が熱いよお。もっと料理したい」  フライパンは熱された体を持て余し、ガスコンロに身を委ねた。 「ちっ、しょうがないやつだな」 「ガスコンロ、いいの?」 「お前の熱がたまらないんだよ」  水と調味料を入れて強火にかける。 「んああ! はう! こんなに熱いなんて、蒸発しちゃいそう」 「まだだ。もっと熱くしてやるよ」  水溶き片栗粉を注ぎ入れ、そっと混ぜる。 「ああー! どろどろ、ダメえ! おかしくなるう」 「ああ、おかしくなれ。俺の事以外、考えられないくらいに」 「ガスコンロ、好きい」 「俺もだ、フライパン。愛してる」  フライパンの鍋肌から中華餡が飛び跳ねてガスコンロにかかる。 「美味いな、お前のは」 「やだあ、恥ずかしいから言わないで」 「いくぞ、最大火力だ」 「あああああ! いっちゃう! またいっちゃう!」  ガスコンロの火が消えた。フライパンは余韻にひたり、朦朧としている。  そのぼうっとした体にフライ返しが優しく触れる。 「あ、掬っちゃイヤ。イッたばかりなのに……触らないでえ」  ガスコンロは強火よりも熱い嫉妬を感じた。  どんなに愛し合っていても、最後にフライパンを喘がせるのはフライ返しだ。  出来上がった中華餡をチャーハンにかける。 「フライパン、ガスコンロなんかより僕のほうが良くしてあげられるよ。ねえ、僕のものになりなよ」  フライパンに水を張り、ガスコンロに乗せる。中火で熱して水溶き片栗粉を溶かしていく。フライ返しがゆっくりとフライパンの鍋肌を擦る。 「あっ、あっ、やめて、フライ返し」 「ほら、確かめて。僕とガスコンロ、どっちが気持ち良い?」 「そんな、そんなこと分かんない」  嫉妬に駆られたガスコンロが一気に燃え上がる。 「ひあああん! ガスコンロ、激し……」 「俺だけだ、お前を熱くしてやれるのは」 「そんな乱暴な愛撫、僕らには必要ないよ、フライパン。優しくイカせてあげる」  鍋肌から深いところまで撫で尽くされて、フライパンはフライ返しのテクニックに溺れた。 「フライパン……」  ガスコンロの火が消えた。フライパンはシンクに運ばれ、フライ返しの愛撫を受け続け、喘いでいる。 「お前がどんなに喘がされても、俺はお前を離しはしない」  怒りに燃えたガスコンロは、なかなか冷めなかった。  フライ返しの愛撫から解き放たれて、ガスコンロの上に戻ってきたフライパンは息絶え絶えで、まるで鉄の硬さが感じられない。 「フライパン……、まだ終わりじゃないぞ」 「……え?」 「鉄製のフライパンは、水分を完全に飛ばさないとイケないだろ」  ガスコンロが強火でフライパンを炙る。 「愛してる、フライパン」 「ガスコンロ! 僕も愛してる! 世界中で僕が愛してるのはガスコンロだけ!」 「フライパン!」 「ガスコンロ!」  餡かけチャーハンを生み出したガスコンロとフライパンの熱い愛の交歓は、いつまでも続く……。

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