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寂しくはなかった、と思う。
私には両親と共に暮らした記憶はない。
だが、私たち兄弟姉妹が公爵領を訪えば、その間は母上は我が子を離さない。
『ノエは、まだまだわたくしの赤ちゃんよ。こちらでおねむしましょう』
かなり年嵩になるまで、母上は添い寝もしたがった。胸の形が崩れるのも厭わず、四人の子全てに自らの乳を与えていたとも聞く。
母上の匂いや温かさを、私は知っている。
父上は確かに多情な色男ではあるが、愛の器が他の者より深く大きいのだ。
それに、愛妾は下心の場合だけではない。日の目を見ない芸術家を婚姻の形で庇護する。怪我をした領民をその家族ごと囲い支援する。
困り事のある人間を男女問わず閨に入れることで、父上は身分や諸々を飛ばして直接守る手段としている。
『父上!』
『ノエ、ほら、膝の上は空いているぞ』
会えば大きな手でわしわしと頭を撫で、幼い私の些細な話も真剣に聞く父上。触れ合うひと時は少なくとも、存分に甘やかしてくれた。
私を常に気にかける長兄と二人の姉もいる。優しく穏やかな兄上と、お節介でにぎやかな姉上たち。
現王の庶子姫である従姉妹のレア姫が、兄上に降嫁する。兄上は王城の一角にある離宮へ居を移した。
順に、上の姉上が侯爵家に嫁ぐ。下の姉上が隣国の婚姻風習に従い幼年で国を出ると決まった時、私は長兄夫妻の離宮に引き取られた。
『ノエくんを一人にして、公爵邸の使用人たちに任せたくはないわ』
義理の姉となった従姉妹姫が、強く言ってくださった。
そのレア姫が結婚相手について問うた日、私がああ答えたのはなぜだろうか。
『ノエくんは、どんな殿方と結婚したいかしら?』
『特に好みはありません』
公爵家の政略結婚を決定するのは、家長である父上と後継の兄上だ。
『そうなの? どんな家庭にしたいかなど、何か希望はないの?』
『そうですね……静かに慎ましく、二人仲良く暮らせれば、それで』
当時、口がさない者たちに、同じく王城に住まうテオ殿下と比べられることが多かった。だからかもしれない。
レア姫の異母弟で、私と同い年の従兄弟。だが、テオ殿下は正妃の一粒種。王位継承者だ。容姿端麗な上、最先端の事物を柔軟に取り入れる才気溢れる王子。
ただの公爵家末子の凡庸な私とは、才能も立場も周囲の期待も、並ぶべくもないのに。
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