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第十一章 真実と復讐

「昨日も抱けなかったって顔してんな」 「……お前のその勘の鋭さは何なんだよ」  屋上喫煙所、快晴の陽を浴びながら朝の冷たい風の中、一服をしていた綜真は同じく喫煙を目的として屋上に現れた千景の姿に眉を寄せる。朝のミーティングを開始するにはまだ早く、就業時間を厳守している筈の千景が朝から寮へと姿を現した事に綜真は違和感を覚えた。  詩緒との事ですっかり忘れ掛けていたが、昨晩ラウンジで別れたきりの千景と言葉通り『また明日』会う事を成した綜真だったが、手で風を覆い避け咥えた煙草に火を付けようと使い捨てライターを何度も着火しようと繰り返す千景の前髪が風で揺れた時、綜真はその違和感に気付き片手を伸ばす。 「お前、こんなとこに傷あったっけ?」  右手で千景の前髪を避けると左米神に残る真新しい火傷の痕、まるで煙草を押し付けた痕のようだと綜真が問い掛けると千景の手からライターが落ちコンクリートを滑る。 「わり、ライター貸してくんね? これじゃ付かねぇわ」 「あ、あぁ……」  千景はするりと綜真の手を避けて屈み込み、地面に落ちたライターを拾う。綜真から手渡されたターボライターで改めて火を付けた千景は肺まで循環させた煙を唇から細く吐き出す。 「千景、部長は本当に撃つ気だと思うか?」 「そのつもりはあるんじゃねぇの?」  そうでなければ拳銃を手に入れた事をただ見せびらかしたかっただけの子供という事になる。三十代を半分以上も過ぎた茅萱がそのような愚かしい事をする人間であるとはとても思えず、ファイルを奪われた事自体は既に露呈している筈なので茅萱が組織と接触するのもそう遠い事では無い。  昨晩茅萱がファイルを入手する場に立ち会った綜真は直後慌しく事務所へと現れた二人組を見ていた。茅萱の呼び掛けでロッカーの中へと入り事なきを得た綜真だったが、茅萱の言葉が正しいとすればあの時事務所に戻ってきた二人組が斡旋組織の中枢にあたる人物たちだった。 「多分俺、昨日組織の中枢っていう二人見たわ」 「それなら俺も。俺が部屋入った時逃げてった二人が居たから多分そっち行ったんだろ」  風が吹く度灰塵と化した煙草の先端が崩れ落ちて流される。昨晩から千景の様子はどこかおかしかった。酷く情緒が不安定なようにも見え、それは斎の救出直後から顕著だった。その時より今は幾らか落ち着いているようにも見えたが、その姿こそ綜真に違和感を抱かせた。 「……なあ、千景」 「あン?」  残り短い煙草を灰皿へと押し付けた綜真は両手をズボンのポケットの中へと入れ屋上出入口の扉へと寄り掛かる。 「昔、お前俺に言ったよな。『誰も助けてくれないのが普通だ』って」 「言った、かもしんねぇけど。それが?」  綜真相手に放った言葉などいちいち覚えてはいない千景だったが、確かに千景自身がそういった考えを持っている事は間違い無かった。朽ちた煙草を灰皿の中へと投げ捨て、新しい煙草を口に咥えた千景はちらりと綜真へ視線を送り右手を差し出す。ライターが必要と気付いた綜真はポケットから取り出したライターに着火し片手で風を遮りながら千景の口元へと近付ける。 「お前も性接待させられてたんだろ」  ライターの火が煙草の先端を燻す中綜真は呟いた。いつだったか綜真はその現場に居合わせたような気がした。神戸時代に諸事情で千景の働く会社に顔を出した綜真は千景と上司が男子便所で話している場所に偶然居合わせた。上司は接待から逃げるなと言い、千景もその晩は接待があると綜真に告げた。当時定職に就いて居なかった綜真はそれを文字通りの接待と捉えていたが、その晩姿を現した千景の身体には生々しい情交の痕があった。それが性接待だったと考えたならば千景が斎を助けに向かった時の激昂も納得出来た。 「……昔の話だろ」 「だけど、海老原にはお前っていう助けてくれる奴が居た」 「良かったなあ海老原は」 「お前を助けてくれんのは誰だ?」 「レオ」 「本当に?」  綜真の指摘にぴくりと千景の片眉が上がる。 「……どういう意味だ」 「お前、自分で気付いてねぇかもしんねえけど、嘘下手だぞ?」 「うるせえな……」  千景が玲於に助けられているというのは完全な嘘では無かった。恐らくそれは精神面での問題の事で、実際千景は玲於の存在に救われていた。しかしここで綜真が問うているのは物理的な協力者の意味で、その観点で言うならば今の千景にはやはり誰も助ける人間は居ないのだろうと綜真は考えた。  敢えて綜真は言葉にしなかったが、今の千景は四年前と同じ顔をしていた。自分以外の誰も信用出来ず、ただ耐えて時が過ぎるのを待つ姿は嘗ての詩緒と同じだった。それでも詩緒の方がまだマシだと思えるのは、詩緒が耐えたのは自分に降り掛かる災難だけで、千景のそれは他の者を守り自分だけは守られないという完全な自己犠牲の上に成り立っているものだった。 「……お前のそういう所、マジで昔から嫌い」 「あっそ。俺もお前の事大っ嫌いだし。女の抱き方とか扱い方が雑過ぎんだよお前」 「あ、抱き方と言えば昨日詩緒が」 「榊がどうした?」 「『手付きがやらしい』って言われたんだけど……」 「…………なんて?」  そろそろ頃合いかと千景はミーティングの用意をし始めようと一階のラウンジへと向かう事にした。吸い終わった煙草を灰皿の中へ投げ込み肩を竦めながら出入口の扉に手を掛けた千景は伝える事を思い出し、足を止めて綜真を振り返る。 「海老原、まだ狙われるかもしんねぇから絶対寮から出すな」 「……了解」 「後、絶対茅萱部長に撃たせるな。これプレマネ命令な?」 「はーいはい」  二人が屋上から立ち去った後、物陰で一部始終を聞いてしまった斎はただ後悔に苛まれていた。聞くつもりでは無かった。茅萱の事を落ち着いて考えたくなり、冷え込んだ屋上で寛いでいた所現れた綜真と千景に名乗り出る事も出来ず、聞いてしまった二人の密談。  真香だけではなく千景も性接待をさせられていた過去があるなど斎は思いも至らなかった。そして自分は千景に助け出され、真香を助け出したのは詩緒だった。では当時の千景は誰に助け出されたのだろうか。綜真の口振りから千景の事は誰も助け出さなかったかのように受け取れてしまった。  どんな斎の我儘も、玲於と付き合うその瞬間まで受け入れてくれていた千景は優しく、そして強かった。そう思っていたのは斎だけで、本当の千景は斎が考えるよりずっと弱く、そんな千景が絶大な信頼を預けているのが玲於だった。  詩緒もきっと綜真の存在に助けられている。斎自身も詩緒や真香、千景の存在に助けられており、自らの両手を開いて見た時斎は千景以外にも自分が救える存在が居た事に気付いた。 「ゲッ、四條」 「ああ茅萱さん、おはようさんです」 「おはよーさん」  本棟男子便所、用を足しに現れた茅萱は並んだ小便器に居た先客四條の姿を見て複雑な表情を浮かべた。昨日の今日であっても分室の連絡は密で早いと聞く、もう既に昨日の一件について四條の耳には入っているだろうと考えた茅萱は居た堪れない気持ちを抑え一つ空けた小便器の前に立つ。 「あのさ、昨日の事」 「昨日? 何の事ですやろか」 「……聞いてねえの?」  昨晩起こった出来事の全てを四條は綜真から聞いていた。しかしそれはあくまで状況把握の為で、斎自身が無事に戻って来ていれば何も問題は無いとして四條は小便器から離れる。 「分室の事は全部佐野くんに任せてあるんで。佐野くんが報告上げへん限り僕は何も知らんですよ」  例え綜真から聞いていたとしても。手洗い場で手を洗いながら四條は鏡を覗き込み、自分が入る前からずっと使用中のままであった個室の一つへと視線を送る。 「ふーん……」  千景が敢えて四條へ報告を上げなかった理由は何なのか、茅萱が性接待の斡旋をしていたという事実だけでも懲戒解雇は必至の筈だったが、それをまだ行っていない千景に茅萱は小首を傾げた。  四條が男子便所を出て行き、扉が軽い開閉音を響かせるとずっと閉ざされたままだった個室の扉がゆっくりと開かれた。 「……別に、言っても良かったんですけどね」  個室から顔を覗かせた千景は小便器の前に立つ茅萱の襟首を掴みそのまま個室の中へと連れ込み扉を閉める。蓋を下ろした便座の上へと座らされた茅萱だったが、個室内に漂うツンとした匂いに千景へと視線を送る。  元々見ている側が不安になる程線の細い人物ではあったが、昨晩より輪を掛けて顔色が悪いように見受けられた。個室の陰に入っているからそう見えるだけなのか、しかし室内に微かに残った独特の嘔吐臭と合わせて考えれば今の千景は相当無理をしていると茅萱は考えた。千景はタンクに足を掛け、年齢から考えても大分股関節が柔らかいなと考える茅萱の背広を掴みながら顔を近付ける。 「アンタには借りがある。だけど次に海老原を巻き込んだら容赦しない」 「……分かってるよ」  茅萱としても二度と斎と関わるのは御免だった。そうでなくとも冷笑を浮かべたまま爪を剥がそうとしたり、容赦無く全力で殴り付けるような千景を怒らせようものならば命が幾つあっても足りない。降参したというように両手を上げる茅萱の姿を見下ろした千景は話は済んだと背広から手を離しタンクから足を下ろす。 「……佐野、聞いて良いか?」 「……何ですか?」  個室から出ようと立ち上がり一歩踏み出した茅萱はその足を止めて腕を組む千景を振り返る。ギィと古い木製の扉が音を響かせ茅萱の顔は射し込む太陽光に照らされ白く霞んでいた。 「お前がそこまで海老原に肩入れする理由ってなに?」  茅萱は以前から千景と斎の関係性を知っていた。しかし斎は千景の恋人では無いと言い、千景も斎では無く左手薬指に鎮座するリングの相手を思っているようだった。それでもやはり千景の中には斎に対する後輩以上の特別な思い入れがあるのではないかと勘ぐった茅萱だったが、千景はそんな茅萱の顔を見て奥の壁に寄り掛かったまま嘲りの様な笑みを浮かべる。 「……別に海老原の為だけじゃないですよ。本田でも榊でも俺は同じ事してます」 「御嵩は?」 「アイツはどうでもいいです」  千景にとっては斎だけが特別な存在という訳では無く、詩緒も真香も可愛い後輩である事に変わりは無かった。綜真に対してのみ一欠片の情も存在していないのは千景が綜真を嫌いな事もあったが、綜真ならば手助けなど無くとも自力で何とか出来る事を千景は知っていたからだった。そもそも綜真が窮地に陥る状況というものが千景には想像出来ず、以前斎から綜真が刺されたと聞きそれが千景の知る綜真であると認識が一致した時、綜真が命を賭してでも守りたいと思える人間と出会えた事を千景は内心では喜んだ程だった。千景にそう思わせる程当時綜真の他者への扱い方は目を覆いたくなるものだった。  しかし分室内で一番守られるべき存在が詩緒や斎では無く、千景である事を千景自身が一番理解していなかった。 「やっぱり俺、一回お前とヤりたかったなあ」  千景は自身の危うさに気付いていないのか、気付いていても自分は大丈夫と思っているのか、その性質が容姿と相俟って雄の征服心を掻き立てるのだろうと茅萱は分析しながら冗談めかして扉に手を掛けたまま千景に告げる。 「……あんまりふざけてると玉潰しますよ」 「おーこわ」  ぱきりと指の骨を鳴らす音が聞こえ、見た目に似合わず中身は相当凶暴であると恐れ慄いた茅萱は肩を竦めて個室を出る。  茅萱がファイルを取引の餌として使うつもりならば当然現段階で一番狙われやすいのは茅萱自身だった。斎が茅萱のアキレス腱として狙われない可能性も無いとは言えない為、斎は寮から出さないように綜真に任せてきてあるが、茅萱自身に戦闘能力があるとも思えずまた茅萱を守る者も居なかった。  幸いにも寮同様本棟に入る時にもセキュリティーカードが必要で、余程の事が無い限り社内での身の安全は保証されていたが、職場への往復の間に何が起こるかも分からない。分室のメンバーでもない茅萱が人知れず拉致された場合、それを知る術が千景には無かった。 「アンタが拉致られても俺は助けませんから!」 「あはは、俺の事は良いよ」  復讐すると決めた時から茅萱は始めからそれを考えていたのだろう。誰にも守られなくて良い、誰にも助けられなくて良い、刺し違えてでも二人の息の根を止めるのは自分であると。一人で戦うつもりだったからこそ周囲のどんな犠牲も厭わなかった。  愛した人の為に――千景が茅萱に対して恩赦をかけた理由は自分と似ていたからだった。  個室から半身を覗かせ茅萱へ身の警戒を告げる千景だったが、その言葉の何割を茅萱が本気で受け止めたのかは分からないままだった。  千景が四條にも、そして会社にも茅萱の性接待斡旋の事実を話さなかった事は吉と出るのか凶と出るのか、足を洗う良い機会にはなったと考える茅萱は退職も視野に入れながら自身の身の振り方を考え、本棟の中を普段通り愛想を振りまきながら闊歩していた。  その少年の様な愛くるしい容姿と部長という肩書きに恥じぬ実力が茅萱の誘惑を微塵も疑わせない理由の一つであり、その口車に乗せられてしまった者が後から被害を訴え出ない理由も茅萱の人徳が成せる技と言わざるを得ないところである。 「茅萱さん!」 「海老原……」  喧騒の中、茅萱は自らを呼ぶ声に指先を小さく動かす。それでも足を止めずに自らの拠点である第三営業部へ歩き続けたのは声の主が斎であると分かっていたからだった。つい先程千景から斎を巻き込むなと釘を刺されたばかりでの邂逅に茅萱は動揺の色を浮かべたが、茅萱自身の意志としても昨日の今日で斎と顔を合わせる事は勘弁願いたかった。何故ならば、茅萱は自身が今現在組織から狙われているのを知っていたからだった。 「あ、ねえちょっと! 聞こえてるでしょ茅萱さん! 無視しないでっ!」  縁は昨日の時点で完全に切れたと自らに言い聞かせ、確かに聞こえる斎の呼び声も聞こえないものとして茅萱は歩みを進める。その姿はまるで痴話喧嘩のようにも見え、二人の内特に茅萱を知る他の従業員はまた茅萱が誰かとじゃれ合って遊んでいると微笑ましくその姿を見守っていた。 「あーうるせえな、お前と関わんなって言われてるんだよ」  しかし残念な事に茅萱と斎は身長差が大きい分一歩の幅も異なり、まさか振り切る為とはいえ社内で全力疾走をする訳にもいかず、呆気なく斎に追い付かれた茅萱は無視が通じないのならばいっそ事実を告げてしまった方が早いと足を止めた茅萱は斎を振り返る。  日中幾ら連絡を取ろうとしても全ての連絡手段を一方的に断ち切られた斎は、昨晩ラウンジの前で別れたきりの茅萱とようやく対峙する事が出来て安堵に目元が潤む。しかし同時に茅萱から告げられた言葉に耳を疑い茅萱の肩を掴む手に力が籠もる。 「誰に? 四條さん? 佐野さん?」  これ以上茅萱が逃げない事を察した斎は茅萱を階段脇へと肩を掴んだまま押し遣りそのままじっと視線を向けるように背中を丸める。 「誰だって良いだろ。昨日の今日だぞ? お前、俺にされた事もう忘れたのかよ」 「忘れてないよ。俺は茅萱さんに騙されて性接待の人形に使われた」  茅萱が見た限り斎の心の傷は小さなものでは無い。人形として斡旋する前に自分へ愛情を持つように接するのは茅萱のいつもの遣り方だったが、元々依存心の強い斎は茅萱に対するのめり込み方も強く、それが裏切られたとなれば一朝一夕で立ち直れるものでは無い筈だった。  それでもまだ、斎には支えてくれる人たちが居た。詩緒や真香、そして室長の四條と綜真、更に何よりも自分の代わりに茅萱へ怒りをぶつけてくれた千景の存在が、斎に目に見えなくとも確かにそこにある絆を感じさせていた。 「バッ、お前っ……!」  僅かに声を潜めてはいるものの、何人もの従業員が行き交う階段脇での危うい発言に茅萱は慌てて斎の口を片手で塞ぐ。咄嗟に周囲を振り返ってみたものの、斎のその発言を特に気にしているような者はおらず、辛うじて首の皮一枚で繋がっている事を確認した茅萱の手首を掴み斎は耳元へと唇を寄せる。 「……茅萱さん、ちゃんと話がしたい」 「昨日全部話しただろ。俺はお前を利用してた、それ以上は何も――」  話すべき事は昨晩全て話した。カウンターで告げた通り斎を愛していた振りも全て利用する為のもので、恋人ごっこは既に終わった。斎に対する愛情など初めから存在していなかったと知っている筈の斎がこれ以上何の話をしたいのかと辟易した茅萱は腕を組んで溜息を吐くが、その時斎は茅萱の耳元で微かに囁いた。 「『キリシマユタカ』」 「――ッ!?」  耳の中へ直接届いた名前に茅萱は凍り付く。まるで心臓が大きな氷柱で貫かれたかのような衝撃に茅萱は目を丸くして向かい合う斎へと視線を送る。  初めて見る茅萱の驚きに満ちた目線に、それを伝えた側の斎も自分が伝えた言葉で茅萱が明らかな動揺を見せた事に眉を落とし悲しそうに微笑む。 「……ああ、やっぱり。茅萱さんの恋人ってユタカくんの事だったんですね」 「お前……気付いてたのか?」 「昨日の茅萱さんの話で何となくね」  昨晩茅萱が三人の前で話した恋人の存在、茅萱の原動力となったその人物の話を聞いている最中、斎は嘗て誰かから聞いた事のある話を思い出していた。幾つかの符号が茅萱の話す恋人の生い立ちと酷似し、昨晩一人で考えた時斎の中の疑惑は確信に変わった。 「ねえ、俺を利用しようとしたのは……俺がユタカくんと寝たから?」  まだ分室というシステムが出来上がる前、詩緒とも身体の関係が無かった頃一人の時間をただ持て余していた頃の斎が入り浸っていたゲイバーで知り合った一人の男性、その男はキリシマユタカと名乗った。男は自らに恋人が居る事を出会った時から明かしており、恋人公認である事を説明した上で何度か斎と肉体関係を結んだ。その時の斎が知っていた事といえば男が長い間軟禁状態にあり、救出してくれた恋人と今は共に暮らしているという事だった。 「…………だったら?」  酷く冷たい言葉が斎の心に突き刺さる。 「……そうかも、しれないって……昨日から思ってたけどさあ……」  茅萱が恋人の事を愛していたならば尚更、その恋人を失った時怒りの矛先となるのは食い物にした組織だけではなく、公認とはいえその恋人を何度も抱いた自身も茅萱にとっては同じ存在なのでは無いだろうか。 「俺も、茅萱さんの復讐対象だったの……?」  気付きたくない現実も、一つ一つのピースを組み合わせていけば自ずと答えは出てくる。茅萱が自分に近付いた理由も復讐の為、何故自分だったのかと考えた時斎の中で一番納得の出来るものだった。  階段脇に茅萱を抑え付けた状態のまま斎は膝から崩れ落ちる。即座に茅萱から否定の言葉が出てこなかった事が斎にとっては肯定と同義だった。 「……オイ、立て駄犬」  そんな斎の襟元を無理矢理掴み、茅萱は斎をその場に立ち上がらせようとする。 「茅萱さん……?」 「場所移すぞ」  その話をするには長くなる上、この場所は不適切過ぎる。先程から何人かの通り過ぎる従業員は二人の不穏な空気を察し始めていた。千景に巻き込むなと言われたばかりの茅萱ではあったが、これが斎と関わる最後だからと立ち上がる斎の手首を掴み歩き始めた。

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