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第一話 そよ吹く風は、君の匂いがして

「今日は肉が安いよ!」  活気のあるその声で親しげに通りの客に呼び掛けるお店のおばちゃん、その隣でカーン、カーン…!と金物に金槌を振り落とす鎧屋の店主、当たり前だが彼らのことなど知らない。街を歩き回る内に何かを思い出すかもしれないと玄関のドアを開けたはいいものの、やはりそう簡単にはいかないようだ……今の所、思い出せたことは何一つないのだから。 通りを行き交う活気の溢れた街の人々を誰一人としてウィリアムが知らないその理由は簡単だ、320年間もの長い年月を生き抜いた人間などいないからだ。仕事以外では死神や組織の事を考えたくなくて選んだこの下界の街はあまり名の知れぬ街だが、小さな街ならではの人情に溢れた人々との関わり合いが、組織で疲れたこの心を癒したものだ。 人々の顔は変わってしまっても、この街にそよ吹く風はあの頃と変わらぬ匂いがする。スー…っと息を吸い込んだ、その時だった。酷い頭痛に襲われ、ウィリアムはその場に膝をついた。……太陽のように暖かい微笑みをこちらに向ける女の子が突然と脳内に浮かんだのだ。この手を引き、はしゃぎながら前を歩いている赤茶色の髪の女の子……誰なんだ? 「ウィル、早く行こう?……クリスが待ってる。」 ウィリアム 「………!!!」  

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