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夢の舞台へ⑥
◇◇
それからおよそ二週間が経った。
平穏に静かに目立つことなく大学生活を送りたいと思っていたのに、僕は今や注目の的になりつつあった。
マンモス校だから全校生徒とまではいかないまでも、学科内のひとにはすれ違った後に必ずといっていいほどひそひそ話をされている。
「ねぇ、あのひとだよね」
「まじで歌上手いんだってね」
そんな声が聞こえてくると、むずむずして居心地が悪い。僕なんか放っておいてほしい。
透明人間になりたい。切実にそう思う。
隣を歩く奏はいつも通り飄々としていて、僕だけが憂鬱な気持ちになっていた。
「吉良!」
共通科目の授業を受けるために大講義室に入ると、上の方の席を陣取っていた宇田が頬を紅潮させて駆けてくる。
興奮している宇田に嫌な予感しかしない。
人の目を避けるために下を向いていた僕は、名前を呼ばれてすぐにそう思った。
このままUターンして逃げ出してしまおうか。
くるりと踵を返す前に、宇田は僕らの前にやってきた。
「待ってたのに来んの遅せぇよ〜」
「……ごめん?」
身に覚えがなくて、頭上に?マークが浮かぶ。
上機嫌な宇田に肩を組まれて訳も分からないまま謝ると、彼はニカッと気持ちいいほど爽快に笑った。
「お前、テレビに出られるって」
「…………は?」
「今度オーディション番組やるらしくてさ、他薦もOKだったから吉良の動画送ったら通っちゃったんだよね」
宇田の見せるスマホの画面には、確かに僕の名前と一次審査通過の文字、そして収録日の詳細が書かれたメールが映っていた。
どうして了承も得ずにそんなことを……。
まじまじと信じられない思いで宇田を見上げれば、彼は何を勘違いしたか、バシッと僕の背中を叩いて「頑張れよ」と宣った。
「お前、勝手に送ったのかよ」
「黙って送ったのは悪いと思ってるよ。けど、こんなチャンス滅多にないじゃん」
「お前は紹介者として得したいだけだろ」
「そ、そんなことねーし」
さすがにそんな宇田の態度を不快に思ったのだろう、奏が代わりに問い詰めてくれる。
図星をつかれたのか、少し焦った様子を見せながらも宇田は奏には言い負かされると察したのか、僕の肩を真正面からガッと掴んだ。
「吉良、出るよな」
「…………」
「頼むよ、何でもしてやるから。お前は才能の塊なんだって」
「やめろって」
何も言わない僕に焦れた宇田が必死な形相に変わった。奏も少しヒートアップしてきたのか、語気が強くなっている。
大講義室の入口で揉める僕たちを他の生徒は遠巻きに眺めていた。
オーディション番組、それは律の住む世界への入口。天界を覗いてみるぐらいは、僕にも許されるだろうか。
ごくりと唾を飲み込む。
「…………いいよ」
精一杯の勇気を振り絞って了承すると、思った以上に声が掠れてしまって恥ずかしい。
「紡」
「大丈夫、やってみる」
「よっしゃー!」
喜色いっぱいに破顔した宇田が抱きついているのを剥がしながら、奏は眉を下げて心配そうに僕を見つめていた。
もう決めたこと。後戻りはできない。
有名になりたいとかテレビに出たいとか、そんなことを考えたことなんて一度もなかった。
でも、許されるならば、ほんの少しでいいから律に近づいてみたくなった。
最初で最後のチャンスを与えられて、欲が出てしまったんだ。
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