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夢の舞台へ⑤
カラオケの広い部屋のこれまた隅っこで、僕は気配を消すことに専念していた。
その様子は、まるでチワワ。
今度は奏が隣にいるけれど、それでも多勢に無勢、圧倒的アウェイの環境はそわそわして落ち着かない。
歌うことは好き。カラオケにも抵抗はない。
自分に自信の持てない僕だけど、歌だけは唯一楽しいと思えることだった。
だけど、自分からあまり関わりのない人たちの前で歌おうとは思わない。緊張するし、下手だなぁって思われるのも嫌だし。
今度は目の前のメロンソーダの炭酸が少しずつ抜けていく様を見つめながら、ただ退室時間がやってくるのを待っていた。
「吉良、そんな隅っこでじっとしてないでお前も歌えよ」
すると、宇田が目ざとく僕を見つけて、マイクを無理やり握らせた。
(どうしよう……)
いつの間にか曲を選ぶ流れになってしまって、遠慮がちに機械を操作する。
曲選びに時間をかけたら、不要な期待値が跳ね上がってしまうかもしれない。適当にランキングを漁っていると、数年前に律が主演を務めた映画の主題歌がランクインしていた。
これでいいやと半ば投げやりな気持ちになりながらリクエストを送れば、イントロがすぐに流れ始めた。
(バラードにするんじゃなかった)
落ち着いた曲調よりも、もっとみんなが盛り上がる曲にすればよかったかも。
場の空気をシラケさせたなんて思われたらどうしよう。
宇田やその友だちは「いいじゃん!」と盛り上がっているから、今更曲を変更することも言い出しにくい。
ここまできたら歌うしかない。
どっちにしろ、律の曲を手を抜いて歌うことなんてできない。
マイクをぎゅっと握りしめて、僕は大きく息を吸った。
スマホをいじったり、曲を選んだり、喋ったり各々好きなことをしていたみんなは僕の歌声を聴いた途端、ぱたりとその手を止めた。
奏を除く全員が驚きに満ちた表情で僕を見つめていることには、全く気づかなかった。
ただ僕は前を向いて、画面に映るMVの律に夢中になりながら歌っていた。
だから宇田がスマホを手に取って勝手に撮影を始めたことなんて、誰も気がついていなかった。
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