1 / 5
第1話
苦しい。息が出来ない。
わかっている、これは夢だということを。
このごろしょっちゅうこの夢を見るから。
仰向けに水底へ落ちてゆく感覚。頭上にはきらきらした水面。なのに、必死になって水面から出ようとはしていない。息が出来ない感覚がリアルで、苦しさまで再現されているのだけれど、不思議と不快感はなくって、なんなら心地良くさえある。そこが海なのか、池なのか、わからない。けれどその水はあったかくて、何かから守るように包み込んでくれる。そう、赤ちゃんを優しく守る羊水みたいな――
「えーちゃん、まだ起きんでええんか?」
ハルの遠慮がちな声に心地よい夢を中断され、寝ぼけまなこで時計を見れば、起きなければいけない時間をとうに過ぎていた。あまりにも水中の感覚が心地よすぎて、寝過ごしてしまったようだ。
「わわ、ありがとうございます、助かりました」
跳ね上がるように身を起こしてリビングに走れば、きちんと朝食の準備が整っている。有り難く思うも、残念ながら食べている時間はなさそうだ。
「時間なかったら、これだけでも」
察するように手渡されたのは、緑色のスムージーが入ったコップ。礼を言って一気に飲み干せば、冷えたどろどろの液体がゆっくりと喉を伝い、脳をしっかり覚醒させてくれた。
「朝ご飯、すみません」
「ええよ、俺の昼飯にするし。ほら早よ行き」
「行ってきます」
紆余曲折の末、付き合うと同時に一緒に暮らすようになって、ますますハルにはおんぶにだっこで世話になりっぱなしである。ハルにとって、智と一緒に暮らすことにメリットはあるのだろうか、智はいつも疑問に思っている。在宅の仕事をしているハルが家事をほぼ受け持っているし、それ以前に、器用で気が利くハルに対して正反対の智は、何もしてあげられない感を常に抱いていた。
ともだちにシェアしよう!