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第21話 決意
午前零時を回った頃。
全身から大量の汗をかき、うなされながら、英雄はかっと目を開けた。
いきなり上体を上げ、はあはあと息をつき、がんがん鳴る頭を押える。
ベッドの周囲では、メイドや、治療にあたっていた医師や、グレアム邸の初老の執事が歓喜の声をあげた。
「旦那様がお目覚めになりましたわ!」
「さすがグレアム様です、さしもの影の目と言えどグレアム様にはかなわなかった」
「これで一つ旦那様の英雄譚が増えたというものですな!」
グレアムは呆然と、姦 しい周囲を見回した。その汗だくの裸体の半身をメイドたちが布で拭く。
「ささ、これを」
医師に差し出されたコップを受け取り、グレアムはその緑の液体をぐっと飲んだ。ひどい苦味が喉を下っていく。だが一息ついた。
グレアムはぼうっとする脳を懸命に働かせた。自分は確か、川辺でサギトと話をしていて、そして。
混乱する様子だったその顔が、つと真顔になった。
全部思い出した。
「サギトはっ!」
グレアムは顔を上げて声を荒げた。
「ご安心ください、影の目はもう牢に入れられております」
「影の目……?」
執事の言葉が理解できず、グレアムは怪訝な顔をする。そこにドアをノックする音がした。開けて入って来たのは副長だった。執事が喜ばしい報告をする。
「ノエル様!旦那様がお目を覚まされましたぞ!」
ノエルは安心したように吐息をつき、相好を崩す。
「よかった。そう簡単にくたばる団長じゃないですよね」
グレアムは必死の形相でノエルに問う。
「ノエル!サギトが影の目ってどういうことだ!」
ノエルは憐憫の色をたたえてグレアムを見つめた。口元を引き締める。
「お話しましょう。他の皆さんは外していただいてよろしいでしょうか」
人払いをかけ、ノエルはグレアムにサギトの供述内容を語った。グレアムはうなだれじっと聞いていた。
手で額を抑え、
「そんな……」
と一言。
「お気持ちはお察しします」
「すまん、しばらく一人にしてもらえるか?他の者にも……」
ノエルはうなずいた。
「分かりました。団長の部屋には入るなと言っておきます」
「ありがとう」
ノエルはいつになく丁寧に礼をすると、部屋を後にした。
グレアムの瞳から涙がこぼれ落ちた。
明かされた事実の、あまりの痛ましさに。
蛙を突き刺したショックで泣いていた少年。薬屋になりたいと言っていた少年。
――人の命を救う仕事をしたいんだ
あの少年が、暗殺を生業として生きてきた。
これほど残酷なことがあるだろうか?彼をそんな境遇に追い詰めたのは、最初の殺人を犯させた自分だ。
サギトはあれ程、魔人であることを知られたくないと恐れていたのに。どうして自分はぺらぺらとしゃべってしまったのか。
迂闊では済まされない。サギトを裏切り彼の人生を壊したのは自分だ。
どれ程苦しかったろう。グレアムに裏切られ、見知らぬ男に襲われ、人を殺めることになり、逃げて、生きてきた。たった一人で。
サギトを傷つけるものから、サギトを守りたいと思った。だが真実は、グレアムこそがサギトに癒えない傷を負わせた張本人だった。
グレアムは自分の犯していた罪の大きさに打ちのめされる。
あがなわなければ。
命に代えても、全てを捨てても、この罪をあがなわなければ。
帝国からの報酬は、サギトを帝国の宮廷魔道士として召抱えることだという。
――そりゃあ、城勤めは憧れるし、宮廷魔道士になんてなれたら最高だけど、だって俺は紫眼だろ
遠い日のサギトの言葉。
畜生、と思った。なんで俺はもらいものの魔力で英雄面して騎士なんてやっているんだ、と。
これは本当はサギトの力なのに。賞賛されるべきはサギトなのに。
グレアムは顔を上げた。ベッドから立ち上がった。急いで身支度をする。
決意を固めた。
泣いている場合ではない。
◇ ◇ ◇
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