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第20話 牢
サギトの叫び声は往来にまで響いた。人々が何事かとやってきた。
人々は、狂ったように泣き叫ぶ紫眼の男と、血を吐き倒れる救国の騎士を目にした。
場は騒然となった。警察がやって来た。サギトは逮捕された。
尋問部屋の天井から鎖で吊るされ、サギトは鞭を打たれた。
もはや何を隠す気もなかったし、全て話すつもりだったが、最初あえて口をつぐんだ。
つまりサギトは、鞭打たれたかったのだ。
無言のサギトに苛烈な鞭が容赦無く打ち付けられた。
打たれることに飽きた頃、血まみれのサギトはようやく口を開いた。
「もういい、分かった。全て語ろう、俺が何者であるか」
サギトは自分が影の目であること、帝国から依頼を受けてグレアムを殺したこと、その他全てを一切合財話した。
サギトは牢に入れられた。両手と両足を、魔道封じの術が施された鎖で繋がれ。
強力な魔道士を入れるための地下牢らしく、狭い地下室の中にはサギトの牢しかなかった。
あとは処刑を待つだけ。
サギトは頭を空っぽにして何も考えないようにした。少しでも考えたら、気が触れるのが分かっていたから。
じくじくと痛む鞭の傷がありがたかった。痛みだけで脳を満たしていたかった。
そして早く処刑してくれと、ただそれだけ思った。
牢に入れられ、何時間が過ぎた頃だろうか。かつかつと足音が聞こえて来た。
鉄格子の向こう、腰までうねる金髪の、美顔の騎士が現れた。
「お初にお目にかかります、薬屋のご主人」
「誰だ」
「私はグレアム護国騎士団の副長、ノエラディーノ=ルスペラムと申します。皆にはノエルと呼ばれております」
言われてサギトは思い出す。白鳩亭でグレアムの隣に座っていた男か。
「貴方のことは聞き及んでおります。私はてっきり、貴方が団長に強姦されそうになり正当防衛したのかと思いました。ならば貴方のために情状酌量を訴える証言をしようと思っていたのですが、まさか、影の目だったとは。しかも依頼主がムジャヒール帝国ですか。いやはや驚きました。起きてこれを知れば、団長はもっと驚くでしょうねえ」
最後の言葉に息を飲み、サギトはノエルを凝視した。
喘ぎながらかさつく声を絞り出す。
「グレアム……は……」
「ええ、生きてますよ。まだ目覚めていませんが、一命は取り留めています。し損じましたね」
かみさま、とつぶやきそうになった。
サギトは多分、生まれて初めて、神の名を呼んだ。
(生きている。あいつが生きてる)
サギトは唇を噛み締め、こみ上げる涙をこらえた。
ああ、神様。
「そうか」
「嬉しそうですね」
「……」
「現場の話によると、貴方は自分で殺した団長の体を抱え、大声を上げて泣き叫んでいたそうですが」
「覚えてない」
「ほんとですか?」
「俺に何の用だ。もう洗いざらい話した、早く処刑しろ」
「いえ特に用はありません。団長の八年の想い人、アメジストの君のお顔を処刑前に一度、拝見しておこうと思いまして」
想い人。
グレアムの言葉が脳内にこだました。サギトは胸を裂かれそうになる。
――八年お前を想い続けた
「なるほどお美しい方でした。思っていた雰囲気とはだいぶ違いますが。想像していたよりはるかに、芯のお強そうなお方だ」
そしてその上品な面差しに、ふっと諧謔めいた笑みが浮かぶ。
「あなたならば、仲間として共に戦ってみたかった」
サギトは鼻で笑った。
「心にもないことを」
「本心ですよ。叶わずとても残念です。では、失礼いたします」
そして手を腹に添え足をひき、貴族のように優雅な礼をすると、ノエルは去って行った。
サギトは息をつき、こらえていた涙をこぼす。
グレアムが生きている。
今までの人生で、これ程嬉しいと思ったことはなかった。
神は最後の最後、大きな贈り物をサギトにくれた。もう何も思い残すことはない。
あとは死が全てを終わらせてくれる。
この愚かな男のクソみたいな人生が、やっと終わるのだ。
◇ ◇ ◇
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