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 熱帯夜の昨日(さくじつ)。エアコンが壊れた。家に帰りたくない。  金曜日の夜八時半。そんな理由で笠原(かさはら)(とおる)は、ぐだぐだと会社に残っていた。 『透も部屋も暑苦しいんだよ。もうこんなとこ、一秒もいられない。出てく。別れよう。今までありがとうございました』  未練など微塵も感じさせない恋人――あ、もう元カレか――の投げやりな口調、表情が頭にこびりついている。  ――エアコンのせいで、四年間同棲した恋人にフラれた。四年だぞ、四年。俺の大学時代をすべて捧げたと言ってもいい相手に、エアコンごときで、あんなあっさりと。  エアコンの故障は、「コップの水をあふれさせる最後の一滴」であり、他に積み重なった何かがあったのだ。透自身も分かっていた。でも自分自身に問題があったなどと思いたくはなかった。だから、エアコンのせい。自分のせいではない。  社会人一年目、恋人あり、仕事もプライベートも充実している。その肩書きを気に入っていた。片側の車輪が外れてしまった今、「気に入っていた」だけではなく、誇りに思い、当てにしていたことに気がつく。恋人がいない人を無意識のうちに見下していたのだと自覚する。そうでなければ、四年一緒に住んだ恋人と別れたことよりも、自分に「恋人」という存在がいなくなった事実の方がショックだったりしないだろう。透は自分の矮小さに絶望する。  ――やっぱり帰りたくない。  余計なことを考えないように、頭の中を「仕事」でいっぱいにしておきたかった。

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