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会うたびに好きになる 8

「病人に変な言い争いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」  頭を下げる。悠里の静かな声が聞こえた。 「ううん。こっちこそ、ムキになっちゃってごめんね」  姿勢を元に戻すと、ちょうど悠里も体を起こしたところだった。視線がぶつかる。悠里が照れ笑いして、目を泳がせた。 「仲直りのキス、していいですか」  そう尋ねれば、悠里が遠慮がちに僕を見つめてきた。 「……唇以外なら。唇は、風邪治ってから」 「分かりました」  僕はその場に(ひざまず)き、悠里を見上げた。悠里が目を丸くしている。左手を下からすくうように持ち上げ、薬指にそっと口づける。忠誠を誓うキス。再び悠里の顔を見れば、ボボボっと音がしそうなほど瞬間的に赤くなる。 「おや? 唇にする時より赤いですけど」  眉をくいっと上げると、悠里が右手の甲で口元を覆いながら僕から目を背けた。 「そ、そんな予想外なところにするから……」 「悠里のことが大好きな気持ちを表しました。いかがでしたか?」  もっと恥ずかしがってほしくて、わざと感想を尋ねる。悠里は同じ体勢のままボソッと呟いた。 「う、嬉しい……」  僕は満足して立ち上がった。 「良かったです。飲み物持ってきますね。いっぱい喋ったから疲れたでしょう?」  悠里に背を向け、キッチンに行こうとしたところ、服のすそをぐいっと引っ張られる。 「待って」  悠里の声。バランスを崩し、後ろに倒れ込む。何かにぶつかって、首を動かすと、悠里に抱きとめられていた。 「ごめんなさ――」  謝罪の形に動いた口を、悠里の手でふさがれる。悠里が僕の前に回り込んできて、顔が近づいてくる。  ――悠里の手をはさんで、唇にキスされた。  驚いて悠里の顔を見つめていると、悠里が僕の口に手を当てたまま、照れ臭そうに微笑んだ。 「おかえし。……本当は口にしたいんだけど、うつすと悪いから」  そして、満面の笑みを浮かべる。 「健人さん。大好き。俺と付き合ってくれてありがと」  悠里の手はまだ離れない。僕は、言葉で答えられないかわりに、何度も頷いた。  ――全身熱い。絶対、顔まで真っ赤だ。恥ずかしい、恥ずかしい。でも。  嬉しい。  思いは言葉にならず、熱い息として口から吐き出された。  その熱を感じたのか、ようやく手が離された。 「こちらこそ、ありがとうございます。悠里と付き合えて、僕は本当に幸せです。……悠里が誘惑するから、口にキスしたくなってしまいました。早く治してくださいね」  わざと「ちゅっ」という音を立てて、悠里の頬にキスをした。悠里が目をそらす。 「う、うん……」 「今度こそ飲み物を取ってきます。スポーツドリンクと麦茶、どちらがいいですか?」 「じゃあ麦茶」 「一人で飲めますか? それとも口移ししてあげましょうか?」  にやりと笑うと、悠里が真っ赤な顔で反論してきた。 「それキスじゃんっ! ひとりで飲めますっ!」  必死な姿がかわいらしく、思わずくすりと笑ってしまう。 「冗談ですよ。早く元気になってくださいね」  僕は耳元で囁くと、唇で悠里の耳たぶを()んだ。悠里は、元気になったあとのことを想像しているのか、全身を紅色に染め、緊張したように口を引き結んでいる。悠里には、今すぐ風邪を治してほしい。愛しい恋人の唇に一刻も早くキスがしたくてたまらなかった。 (「会うたびに好きになる」了)

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