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会うたびに好きになる 7
「おいで」
「風邪、うつるよ……?」
小首を傾げる悠里。攻撃的な感情をぶつけてしまった僕を気遣ってくれるのだ。健気すぎる。愛しくてたまらない。
「朝は許してくれました。それに、僕が料理をしていた時は、悠里から抱きついてきたじゃないですか」
「うっ、そうだった……」
悠里が恥ずかしそうに俯く。
「来てほしいです。今は悠里に触れたい。風邪がうつったとしても構いません。だって、また悠里が看病してくれるんでしょう?」
「ん、まあ、言ったけど。俺は健人さんに風邪ひいてほしくないなぁ……」
伏し目がちのまま、悠里が唇を尖らせた。
――かわいい、やさしい、好きだ。
「悠里は優しいですね」
思い切り抱きつくと、悠里は「ぎゃあ」というかわいげのない叫び声を上げた。
「早く元気になってくださいね。そして、二人で先生に報告しに行きましょう。……僕も誰かに自慢したいところだったんです。『僕の恋人はこんなに素敵なんですよ』って」
悠里が弾かれたように顔を上げた。
「それ、俺のセリフ! 俺は『素敵』じゃないけど、こんな素敵な人と付き合ってるんだ、って自慢したい」
――悠里は何を言っているんだろう。嫉妬と欲にまみれた僕に、「素敵」なんてきれいな言葉は似合わない。
「僕なんかより悠里の方が素敵ですよ」
「絶対に健人さんの方が素敵だしモテるじゃん!」
「モテませんよ」
「自分でそう思ってるだけで、実際は相当モテてるからね! 気をつけてよ! いつもいつも女の子に囲まれて、ヒヤヒヤしてんだから!」
徐々に語気が強くなる。悠里が僕の腕の中から抜け出して、立ち上がった。上からにらんでくるから、僕の怒りの導火線に火がついた。僕もその場に立って、悠里と正対する。
「気をつけるのは悠里も一緒でしょう? 無防備だから男も女も寄ってくるじゃないですか!」
「あれは全部、友だちだし!」
「いや。悠里がそう思ってたって、向こうは違います。僕には分かる」
「健人さんの勘違いだよ。健人さん、過保護だから」
「ま、悠里には分からないでしょうね。悠里は鈍いから」
ふんっと鼻で笑うと、悠里が目元に怒りをにじませた。
「なんだとー! 健人さんだって、俺と最初に会った時みたいな感じだったら誰も寄ってこないのに、最近愛想振りまいてるじゃんか!」
最初に会った時、というのは、家庭教師として田丸家に訪問した日のことをさしているのだろうか。あの頃は確かに心を閉ざしていたから、冷たい人に見えたかもしれない。だからといって、「誰も寄ってこない」は言い過ぎではないのか。かなりムッとする。
「他人に愛想なんて振りまいてません」
「振りまいてる! 笑顔振りまいてる! 俺の前だけで笑ってほしいのに!」
「そんなこと言ったら、悠里だっていつも愛想振りまいてるじゃないですか! 僕以外にモテる必要ないでしょ!?」
「モテようと思ってやってるわけじゃないし。対人スキルだし」
深いため息が漏れる。悠里ににらまれる。
「ああ言えばこう言う。僕のこと好きじゃないんですね」
「なんでそうなるの!? 健人さんのこと好きだよ!」
「悠里が僕を思う気持ちの何十倍も、僕の方が悠里のことを好きです」
悠里をにらみつける。
「じゃあ俺はその数百倍、健人さんのことが好き!」
悠里が声を張った。僕も負けじと声量を上げる。
「僕はその何千倍も好きです」
「その何億倍も俺の方が――」
「その何兆倍も――」
悠里の言葉にかぶせるように言いかけて、相手の目に涙の膜が張っていることに気づいた。
「いや、もうやめましょう」
悠里がにたりと笑う。
「じゃあ俺の勝ちだね!」
「それでいいです。僕たちは、お互いのことをかなり好きだということが分かりました。そこで争うのは不毛です」
僕が言うと、肩を怒らせていた悠里がハッとしたように目を見開いた。深呼吸したあと、恥ずかしそうに呟いた。
「そうだね」
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