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会うたびに好きになる 6
「じゃあ、近藤先生」
悠里がぽつりと言った。
「近藤先生……。高校時代の担任の先生でしたっけ?」
「うん。在学中にいろいろ相談に乗ってくれて、親身になってくれたし、同性愛にも理解がある人だから、大丈夫だと思う」
「同性愛に理解があるって、なぜ知ってるんです?」
口調が厳しいものになってしまう。
僕が教師だとしたら、一介の生徒にそのようなパーソナルな部分までさらけ出さない。悠里がそこまで知っているということは、近藤先生と悠里の間に、教師と生徒の関係を越えた「何か」があったということではないのか。
――好きだから、不安になる。全部ネガティヴにとらえてしまう。
気持ちが伝わったのか、悠里があわあわと手を動かしながら喋りはじめた。
「先に言っとくけど、近藤先生とは何もやましいことはないからね! 進路相談と、そして、れ……、恋愛相談に乗ってもらってただけ」
「恋愛相談?」
――男子高校生が、担任の先生にそんなことをするだろうか。そもそも当時の悠里が好きだった人って誰なんだ。そういえば、近藤先生の性別を知らない。勝手に男性だと思っていたが、女性だとしたら? 悠里の方には好意がなくても、向こうが懸想していたとしたら? 悠里は危ない橋を渡りすぎだ。
僕は自分の眉間にしわが寄っていくのを感じた。悠里を威圧するつもりはないので、左手の親指と人差し指で、両の眉頭をつまんで、皮膚の緊張をほぐした。
「近藤先生は女性ですか?」
「へ? 男だよ」
それなら安心だ、と胸をなでおろしかけたが、「同性愛に理解がある」と言われたことを瞬時に思い出して、深いため息が漏れた。
「で、なぜ君は担任の先生に恋愛相談などしたのですか?」
冷たい声が出る。無意識のうちに悠里を「君」と呼んでしまった。今の恋人は僕なのに、悠里も僕のことを好きだと言ってくれるのに、悠里の中で、近藤先生への信頼が恋愛感情に変わってしまうのではないか、と疑ってしまうくらい、僕は余裕がないみたいだ。
悠里に限ってそんなことはありえない。頭では分かっているのに、冷たい態度をとってしまう。嫉妬心がめらめらと燃えている。僕が知らない、高校生の悠里を毎日見ていた相手への嫉妬。とても醜い。
眉間を揉んでいた指を開いて、手のひらで眼鏡のフレームに触れた。
「会話の流れで、俺が健人さんのこと好きだってバレちゃって。俺がA大に行きたかったのって、健人さんと同じ大学に行きたいっていう下心だったからさ、進路相談すると必然的に恋愛相談もすることになっちゃうんだ。俺が『男の家庭教師を好きになった』って言っても全然びっくりしないから、あとで理由を聞いてみたら、先生、バイセクシュアルの親友がいるんだって。あの時の感じからすると、近藤先生、その人のこと多分まだ好きだと思う。だから、健人さんが心配するようなことは、俺と先生の間には何もないよ」
すとん。悠里の声を聞いて、全ての力が抜けた。
――高校生の悠里が好きだった人も「僕」で、近藤先生はそれを親身になって聞いていてくれただけだったのか。
「ああ、疑ってごめんなさい」
手を下ろし、悠里に目を向ければ、微笑まれる。
「謝るの禁止、だよ?」
僕の唇に人差し指を押し当ててきた。どきっとしすぎて、息が止まった。
悠里は、こんな僕にも優しくしてくれる。一緒にいると、自分がとても心が狭い人間だと自覚させられる。それでも、悠里から逃れられない。こんなに好きだから。
「分かりました。まずは近藤先生に言うことにしましょう。『この人の前なら自然体でいられる』という人がひとりでもいれば、少し楽になれるかもしれません」
悠里がゆっくりと頷いた。僕は腕を広げて悠里に向き合った。
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