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ショートケーキを召し上がれ 1

  ※  六月はきらいだった。じめじめするし、雨も好きじゃない。でも、君の誕生日が六月十九日だって聞いてから、大好きな月になった。   ※  六月初旬、午後一時半。悠里から提案があって、僕たちは昼食を抜いてケーキバイキングに来ている。なんでも、誕生月クーポンが届いて、会計が十パーセント割引になるらしい。  ドリンク一杯サービス、制限時間八十分で定価税込二千五百円。悠里は「ケーキ一個がだいたい四百円だから、元を取るために七個は食べないと」と張り切っている。今も、何度目か分からないおかわりを取りに、席を立っていた。  僕は、ショートケーキとモンブランとチーズケーキを食べたところで胸がむかむかしはじめて、一時間も経たずにフォークを置いた。悠里に「少食! 健人さん、バイキング向いてない!」と言われたが、食べられないものは仕方ない。 「ただいまー」  足取り軽く戻ってきた悠里の皿には、フルーツタルトとプリンが乗っている。 「健人さん、プリン一口食べる?」  けろりとした顔でスプーンを差し出してくるが、僕は首を横に振るだけで精一杯だった。口を開けたら、何かが出てきてしまいそうだ。 「そっか」  悠里は、最初と変わらないスピードで、ぱくぱくとプリンを平らげていく。若いな、と思う。二歳しか違わないはずだが、こういう時に悠里との差を痛感する。  僕は一杯しかない烏龍茶を大事に飲みながら、悠里を見守ることしかできないが、それだけでも気持ち悪くなってきた。  気を紛らわすために悠里に話しかける。 「悠里は本当に甘いものが好きですね」 「うん、大好き」  にこっ、と花が咲いたように笑う。胸焼けが和らいだような気がする。 「俺、夢があってさ、いつか、ケーキをホールで丸ごと一個食べてみたいんだ」  悠里は喋りながら、フォークをタルトに差し込んだ。ケーキを食べながらケーキの話ができる悠里が信じられない。呆れて、口の端がわずかに上に動いた。悠里から見たら、僕の表情は「苦笑い」と称される顔になっていることだろう。 「……ええと、今何個食べたんでしたか?」 「これが十個目かな?」 「ここのケーキは大きいから、ホール一個分はもう食べてますよね?」  僕が笑うと、悠里の声が少し大きくなった。 「そうだけど、そうじゃなくて!」 「悠里の言いたいことは分かりますよ。僕も子供の頃は憧れました。今はもう、無理ですが……」  手元の皿に目を落とす。悠里が拗ねた声を出した。 「俺が子供っぽいって言いたいの?」  慌てて顔を上げた。 「そんなことは言ってないじゃないですか。裏はないので無理やり読まないでください。何度言ったら分かるんです?」  むー、と唇を尖らせるので、右手の親指と人差し指でつまんでみたら、悠里は恥ずかしそうに頬を染め、僕を見返してきた。手を離し、微笑んでみせる。目をそらされた。 「……分かった」 「ちなみに、どのホールケーキがいいんですか? やっぱり苺のショートケーキ?」  誕生日プレゼントの参考にしようと思って質問する。不自然ではなかっただろうか。緊張で心臓がばくばくした。悠里は疑うそぶりを見せず、答えてくれた。 「うん、そうだね。苺と生クリームのケーキかな。父さんがいつも、俺の誕生日に買ってきてくれたから、誕生日といえばそのケーキだなぁ。父さんが切り分けてくれたんだけど、『三等分って難しいよなあ』って言いながら、いつも一番おっきいのを俺にくれた」  目を細め、どこか遠くを見つめる悠里。その顔を見ていたら、誕生日にホールケーキをプレゼントしようという考えは安直だったかもしれない、と反省した。  ――悠里の中で誕生日ケーキは、父親の記憶と結びついているのか。亡くなってから十年以上経とうとも、切り離せないのか。僕がケーキをプレゼントして、悠里の大事な思い出を(けが)してしまってはいけないような気がする。

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