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ショートケーキを召し上がれ 2
悠里の焦点が僕に合った。悲しそうに眉がひそめられる。
「そんな顔しないでよ。俺、もう吹っ切れてるって言ってるでしょ? 今のは『懐かしいなあ』って話だから。寂しいわけじゃないから」
「そうですか。それなら良いのですが」
悠里が、にいっと笑った。タルトの上のオレンジをフォークですくい取り、僕に差し出してくる。
「健人さん、フルーツなら食べられるでしょ?」
「いや、僕はもうお腹いっぱい――」
で、の形を作ろうとした口に、フォークを無理やり突っ込まれた。反射的に口を閉じると、悠里がフォークを引き抜いた。
「『美味しい』を健人さんと共有したいんだよ」
その言葉とともに、オレンジをゆっくり噛みしめた。甘酸っぱくて、さわやかで、食傷気味だった僕の口内をさっぱりとさせてくれた。まるで悠里みたいだと僕は思った。悠里はいつも、僕の負の感情をリセットしてくれる。
「美味しい、です」
「ん。良かった」
同じフォークで悠里もオレンジを食べて、僕を見た。
「美味しいね」
嬉しそうに笑うから、僕も悠里と「共有」したくなった。誕生日の思い出がほしくなった。
――やっぱり、悠里の誕生日には、ホールケーキを買おう。僕と過ごす誕生日も、父親の思い出と一緒に、悠里の記憶の引き出しにしまっておいてほしい。
僕があれこれ考えている間に、悠里がタルトの最後の一口を頬張った。満足げにふうっと息を吐いたので、これで終わりなのかと思いきや、勢いよく立ち上がる。
「あっ、シュークリームまだ食べてなかった!」
「まだ食べられるんですね。若い……」
目を細めて悠里を見る。
「何言ってんの! 二歳しか違わないじゃん。健人さんも若いんだから、もっと食べなきゃだめだよ!」
なぜか怒られてしまった。
「シュークリーム取ってくるね。健人さんもいる?」
「いりませ――いえ。悠里が食べさせてくれるなら考えます」
「分かった!」
冗談ですよ、と訂正する間もなく、悠里が席を立った。すがるように伸びた僕の右手が空を切る。はあっと深いため息が漏れた。
――店の中であーんなんて、冗談に決まってるのに。悠里は本気でやりそうだ。どうせなら一口で食べられそうなものにしておけばよかった。……って違うだろ。食べやすそうなものでも無理。バイキングで相手に食べさせてるカップルなんて、ただのバカップルじゃないか。
そこまで考えたところで、先ほど悠里にオレンジを食べさせられたことを思い出し、顔が熱くなった。あーん、もう既にされてた。
椅子にもたれかかり、店内をぐるりと見渡す。カップル、友人同士と思われるグループ、家族連れ。それぞれがお互いにコミュニケーションをとるのに夢中で、周りの様子など気にかけていない。
皿を大事そうに両手で持ち、ゆっくりと歩いている悠里の姿が目に入った。こぶし大くらいのシュークリームを二つ皿に乗せ、満面の笑みを浮かべて戻ってくる。
もう一度ため息をつく。
――不意打ちを食らったとはいえ、さっきオレンジを受け入れてしまったのだから、このあと拒んだところで、店内で「あーん」されてしまった事実に変わりはない。僕が思うより、他の人は周りを見ていないようだし、「バカップル」でもいいか……。
僕は、悠里のシュークリーム攻撃を受け止める覚悟を決めた。
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