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ショートケーキを召し上がれ 11
「今度一緒にレインブーツ買いに行こ?」
悠里が言う。
「レインブーツって?」
形状が思いつかず、尋ねると、悠里が説明してくれた。
「雨の時に履くブーツのことだよ。防水、撥水だから、靴下ぐしょぐしょにならない」
「ああ、長靴のことですか!」
悠里が不満そうに口を尖らせた。
「え? 違いました?」
「違くないけど……『長靴』はおしゃれじゃないじゃん!」
「そうですか、すみません。分かりました。レインブーツね。買いに行きましょ。悠里と買いに行ったレインブーツを履けると思えば、雨も楽しみになりそうです」
「おんなじの買う?」
「それでもいいですが、照れ臭いですね」
「じゃあ、型が同じやつの色違いにしようよ」
「いいですね。密かにおそろいだ」
「俺たちだけの秘密だよ、なんて」
唇の前に人差し指を立てて、ウィンクしながら微笑むから。
「ふはっ」
「なんで笑うの!?」
「嬉しくて」
悠里に頬擦りした。
「僕だけにファンサしてくれてありがとうございます。幸せです」
「ファンサしたわけじゃないんだけど……」
悠里が俯くので抱きついた。
「好きです、悠里。生まれてきてくれてありがとうございます。田丸さん、悠里を産んでくださってありがとうございます」
天井に向かって、声を張り上げてみる。
「悠里のお父さん、見てますか? あなたの息子はこんなにも立派に育ってますよ」
首に舌を這わせると、悠里が僕の背中をはたいた。
「痛っ!」
「ちょっと! 父さんにどんなシーン見せようとしてるの! やめて!」
真っ赤な顔で、僕の肩をぽかすか叩くから、嬉しくなる。怒っているのに、僕が怪我しないよう、力を加減してくれているのが愛しい。
「恥ずかしがっちゃうのもかわいい」
目を見つめながら囁けば、悠里が僕から顔を背けた。
「健人さんがこんなに喜んでくれるなら、生まれてきて良かったかも」
すごく小さな声だった。僕が意味を理解した時にはもう、悠里に抱きしめられていた。
「『かも』じゃありません。良かったんですよ。悠里が生まれてきてくれたから、僕たちはこうして出会えたんです。お誕生日おめでとうございます、悠里」
悠里の背中に手を回しながら、僕は口元が緩やかに弧を描いていくのを感じていた。
(「ショートケーキを召し上がれ」了)
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