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ショートケーキを召し上がれ 10
※
ケーキを冷蔵庫にしまい、悠里がゴロンとソファに寝転んだ。僕は悠里の頭側の床に腰を下ろした。
「食べすぎたー」
両手で膨らんだお腹をさする悠里を見て、笑いが漏れた。
「二日分くらい食べたんじゃないですか?」
「そうかも」
その時、突然ざあっという音がして、雷が光った。
「ひっ!」
悠里が飛び起きた。
「今日泊まることにしててよかったですね。これは帰るの大変でしたよ」
「だね……」
悠里は窓の方をじっと見つめている。カーテンが閉めてあるのだが、その向こう側の様子を想像しているようだ。
それを見て、去年まではこの音を嫌い、布団を頭からかぶってベッドの上で丸まっていたことを思い出した。
「悠里、生まれてきてくれてありがとうございます」
「え、なに急に……」
悠里の目が僕に向いた。
「雨が苦手ではなくなったのは、悠里のおかげなんです」
腰を浮かせて、悠里の隣に座った。ソファに投げ出されていた悠里の右手を取って、指を絡ませた。初めのうちはばらばらだった二人の脈拍が、徐々に揃っていくのを感じる。
「僕は梅雨が嫌いでした。家の中で雨音が聞こえると憂鬱な気分になりました。傘をさしていても上から下まで濡れてしまうので、雨の日は外出したくありませんでした。おそらく、僕は傘をさすのが苦手なんだと思います」
「なにそれ。傘に得意とか苦手とかある?」
真面目に話しているのに、悠里が笑う。
「ありますよ。同じ道を歩いたはずなのに全然濡れていない人もいますから。雨を見ると気持ちが落ちてしまうので、六月はあまり好きではなかったんです。でも、悠里が生まれてきた月だって分かってから、愛おしくなりました。雨の日も、嫌じゃなくなった。びしょびしょの靴下ですらも嬉しくて、『ああ、これが恋するってことなんだな』と思いました」
「全然意味が分からないけど……?」
「とにかく、悠里が愛しいってことです」
目を閉じて、悠里の肩に寄りかかる。
「ん、ありがとう」
悠里が僕の頭をなでてくれた。悠里の熱を感じて、心地がいい。ずっとこのまま、こうしていたい。「時を止めたい」と言うと悠里が悲しむから、もう言わないけれど。
「僕が生まれてきた意味が、今日分かりました」
握っている手に力を込めた。一拍おいて、悠里の間抜けな声が聞こえた。
「……へ?」
僕は目を開け、悠里の顔をのぞき込んだ。悠里は戸惑ったように、ぱちぱちとまばたきを繰り返している。
「僕が生まれたのは、悠里に出会うためです」
「そんなわけ――」
悠里の言葉を遮って話した。
「ないって言い切れますか? 誰にも言い切れないはずです。だから、僕は悠里に会うために生まれたのだと思わせてください。この出会いは、『運命』で、『必然』だったのだと思わせてください。悠里、誕生日おめでとう。僕と一緒にいてくれてありがとう」
「あ、りがとう」
目を泳がせた悠里が呟いた。おかしくて、吹き出してしまう。
「ふふ、何のお礼?」
「誕生日祝ってくれたことへの?」
なぜか疑問系で答えが返ってくる。
「悠里は本当にかわいいですね」
頬に手を添え、唇に触れるだけのキスをした。悠里は照れ笑いを浮かべながらも、離れていこうとする僕の口にお返しのキスをしてくれた。
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