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一生分のしあわせ 1

  *  健人さんの誕生日、旅行に連れていきたい。六月に誕生日を祝ってもらってから、ずっと考えてきたことだ。でも今のままでは誘えない。健人さんが俺にお金を払わせてくれないからである!   *  九月になり、秋の気配が近づいてきた頃、俺は大学の近くにアパートを借りて、一人暮らしを始めた。料理ができない俺のために、健人さんがよくうちに来るようになったのだが。 「健人さん、今日の食材費は――」  食後に申し出ると、健人さんが俺の言葉に被せるように言った。 「いりません。いつも断ってるのにしつこいですよ」 「でも、申し訳ないよ……」 「そう思う必要はありません。料理は僕が好きでやっていることですから。悠里はお腹が満たされてハッピー。僕はご飯をたくさん食べる悠里が見られてハッピー。win-winです」 「いや、俺だけが得してると思う」 「そんなわけないでしょう! 水道ガス電気は悠里の家のを使わせてもらっていますし、僕も得してます!」  毎回のように、このようなやりとりを繰り返していた。俺が実家暮らしをしていた頃から、健人さんの料理をたまにご馳走になっていたが、その時も「悠里は家まで帰るのに時間もお金もかかるから」と受け取ってもらえなかった。  今は、引っ越したばかりの俺を気遣ってくれているのだと思う。でも、家具家電付きの物件だし、着替えや教科書などの荷物は母さんが車で運んでくれたから、引っ越しのお金は当初の予定より少なく済んだ。お金に余裕がないとはいえ、三度の食事に困るほどではないのだ。  俺が危惧しているのは、「旅行に行こう」と俺が提案した時に、健人さんが自分の分どころか、俺の分までお金を出してしまうのではないかということだ。健人さんの誕生祝いなのに! それだけは避けたいところ。できれば二人分俺が出したい。  千里の道も一歩から、旅行代金の前に食事代から、ということで、俺は困り顔を作ってみせた。健人さんがこの顔に弱いと知っているからだ。 「うう。でもこのままだと、引け目があって、健人さんの料理を百パーセントで楽しめなくなっちゃうよ……」 「それは困りました……」  思惑通り、健人さんの目が泳いだ。 「せめて千円払わせて」 「でも」 「俺の気が済まないの。俺のためだと思って、お金もらってくれない?」  上目遣いをすると、健人さんがため息をついた。 「分かりました。一食三百円にします」 「八百円」 「いえ。三百円でお願いします」 「ごひゃく――」 「三百円です!」  健人さんが俺の顔を両手で挟んだ。 「わ、分かったよ……」 「ん。いい子」  ちゅ、と唇に吸いつかれた。鏡を見なくても自分の顔が赤くなっているのが分かる。吐息が顔にかかるくらいの距離のまま、健人さんが微笑んだ。 「悠里は本当に優しいですね。今度、貯金箱を持ってきますから、そこに入れてください。お金が貯まったら、美味しいものでも食べに行きましょう。それでいいですよね?」  答える前に再びキスされて、思考がぼやけてくる。  ――あ、きもちいい。けんとさん、すき。  なんだかいいように言いくるめられてしまった気もするが、もう何も考えられない。  ――ふわふわする。すき。  舌を突き出して、健人さんのキスにこたえようとすると、体が離された。 「もう終わり?」  首に手を回すと、健人さんがその目に情欲を宿して、薄く笑った。 「まだ足りない?」  反射的にこくんと頷いた。 「いいですよ。悠里が望むなら」  健人さんの舌が俺のに絡みついた。優しく激しいキスが、俺と健人さんの境目をどろどろに溶かしていく。

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