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嫉妬トライアングル 1
※
『姉ちゃんに健人さんの連絡先教えていい?』
冬休み、二人で帰省する前日の夜、悠里から突然メッセージが届いた。「姉ちゃん」というのは、悠里の幼馴染である奥田かおりのことだろう。付き合ってから半年経った頃、悠里から相談されて、奥田さんには僕たちが恋人同士であることを悠里の口から伝えていたはずだ。
『いいですけど。どんな用件でしょうか』
『さあ? 俺も知らない。姉ちゃんから聞いて』
悠里からの返信があった数分後、知らない番号からの着信があった。恐る恐る電話に出る。
「もしもし……?」
「奥田です。角巻健人くんですか?」
「はい。そうです」
「久しぶりー。悠里の家庭教師してた時、玄関先で会ったよね? 覚えてる?」
急に砕けた口調になり、面食らった。何を言おうか迷っている間にも、奥田さんは勝手に一人でぺらぺらと喋り続ける。
「悠里から聞いて、二人が付き合ってることは知ってるんだけどさ、つのちゃんに頼みがあるんだ」
つのちゃん。初めて会った時、悠里が真っ先に僕につけたあだ名だ。「奥田さんのセンスが悠里と同じだ」と考えていたせいで、次の言葉の理解が一瞬遅れた。
「あたし、悠里に告白してもいいかな?」
告白? 告白と言ったか、今。
「……は?」
かなり低い声が出た。悠里の家庭教師をしていた頃、バレンタインデーに奥田さんが悠里にポテトチップスを渡すところに出くわしたことがあった。その時、奥田さんは悠里に好意を抱いているのではないかと直感したが、あれは正しかったのだ。
慌てた様子で奥田さんが続ける。
「きっぱりフラれる予定だから安心してよ。ごねたりしない。ただ、前に進むための儀式。明日二人で帰ってくるんでしょ? 悠里に時間とってもらって、告白して玉砕する。つのちゃん、夜あけといてね。居酒屋で、傷心のあたしを慰めてもらうから」
「え。僕が慰めるんですか?」
「うん。だってあたし、つのちゃんのせいでフラれるんだからさ……。話くらい聞いてよ。奢るから。お願い!」
なんて自分勝手な人なんだろう。ため息が出た。
――フラれる予定、とは言うものの、結局は悠里次第じゃないか。もしかしたら男の僕より、女性で昔からの付き合いである奥田さんの方がいいと思ってしまうかもしれない。……フラれるのは、僕かもしれない。
そこまで考えたところで、唇を噛み締めた。悠里を疑ってしまっている自分が情けなかった。悠里は、僕に向かって「好き」「ずっとそばにいる」と宣言してくれる誠実な人だ。恋人である僕が悠里を信じないのは失礼ではないか。どんと構えているべきだ。
激しく動く心臓を服の上からおさえながら、ゆっくりと口を開いた。
「……分かりました。いいですよ」
不安げに掠れた。電話越しにもかかわらず、俯いてしまう。
「ありがとう。頑張ってくるね」
対する奥田さんの声は、堂々としており、明るかった。これではどちらが悠里の恋人か分からないではないか。
「頑張ってください」は言いたくなくて「はい」と返事するにとどめた。
「明日、夕方六時に駅の西口集合でいい? 店は私が予約しておく」
「はい」
――もし僕が慰められる立場だったら、どうしよう。
不穏な考えが頭をかすめた。
「じゃ、よろしく。またね」
電話が切れた。無性に悠里の声が聴きたくなった。でももう「深夜」と呼ばれる時間帯になっていた。明日は朝早くバス停に集合する予定だから、あと少し我慢すれば本物に会える。こんな時間に電話して、悠里が寝ていたとしたら起こしてしまうことになる。それは良くない。
悠里からもらったシャープペンシルをペンケースから取り出した。キャップに付いた犬の形のチャームを、人差し指でそっとなぞる。
「悠里」
思わず名前を呼んでいた。それに答えてくれる人はここにいないのに。胸元でシャープペンシルを両手で握りしめてからベッドに横たわる。悠里との幸せな思い出を振り返っているうちに眠ってしまったらしく、目を開いたら朝だった。
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