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嫉妬トライアングル 2
※
駅行きのバスは、朝早いこともあってか、ぽつぽつとしか埋まっていなかった。
座席に横並びで腰掛けるなり、悠里の手を引き寄せ、自分の太ももの上に置いた。ショルダーバッグで隠すようにして手を握る。
「どうしたの、健人さん。今日変じゃない?」
悠里が耳打ちしてきた。
「いつも通りですよ」
「そんなわけない。周りに人がいるのに、こんな大胆なこと、いつもはしない……」
悠里が赤い顔で俯いた。
口を開きかけて、周りに聞かれたくない、とギリギリで踏みとどまった僕は、スマートフォンを取り出した。悠里が僕の顔と手元を交互にちらちらと見てくる。
『昨日の夜から会いたくてたまらなかったんです。早く二人きりになりたい』
打ち込んで見せると、悠里が「ぐう」だか「んう」だか判別がつかない声を漏らして、僕から顔を背けた。そして、隠れるようにしてスマートフォンを操作している。
『嬉しいんだけど、今日は昼も夜も予定があって、二人きりになれそうにない。ごめんね。明日なら大丈夫』
悠里が見せてくれた画面にはそう表示されていた。昼の予定というのは、奥田さんと会う予定だろうか。針で刺されたような痛みが胸に走った。
『大丈夫です。僕も今日の夜は予定がありますから。悠里は悠里の予定を楽しんでください』
口を開いたら声が震えてしまう気がして、再びスマートフォンに向き合った。これを見せる時に悠里に笑顔を向けたのは、精一杯の僕の強がりだ。
「ありがとう。健人さんは優しいね」
悠里が笑いながら言った。
――優しくなんかない。余裕があるふりをしているだけだ。
「悠里の方が優しいですよ」
ため息のように言葉が漏れた。
――悠里。ちゃんと僕のところに戻ってきてくれるよね?
繋いだ手に力を込める。悠里が不安そうに僕を見た。
「やっぱり変だよ。具合悪い?」
「違います。寝不足で眠いだけです。すみませんが、少し寝かせてください」
何を喋ってもボロが出そうなので、目をつぶり、寝たふりを決め込むことにした。
昨日奥田さんから電話が来るまでは、「悠里と何を喋ろうか」とか「車内でカードゲームでもしようか」とかあれこれ考えて、プチ旅行気分で浮かれていたのに。
バスが揺れる。それを言い訳にして、悠里の肩に頭を預けた。手は振り解かないでいてくれている。左側から悠里の熱が伝わってきて、泣きそうになった。
――悠里。どこにも行かないで。
僕の手がピクリと動いてしまった。悠里が何も言わずに、繋いだ手に力を込めてくれた。
※
駅でタクシーを拾い、悠里の家の前で一緒に降りた。
「じゃ、また明日」
僕に背を向ける悠里に後ろから抱きついた。
「どうしたの? 本当に変だよ?」
悠里が首を回して僕の方を向こうとする。僕は、悠里の背中に額を押し付けて、顔を隠した。
「今日の分の充電、です」
冗談めかして言ったつもりだが、悠里にはどう聞こえたのだろうか。
「寝不足で疲れてるんだろうし、今日は早く寝なね」
優しい言葉をかけられる。
「分かりました。じゃあまた」
悠里から離れ、くるりと後ろを向いた。目が合ったら泣いてしまいそうだったから。そのまま前に歩きはじめる。
実家に帰ってからは、自室にこもり、スマートフォンでレシピサイトを巡回した。悠里が好みそうな料理や、悠里に食べさせてみたいものをブックマークしていく。時計を頻繁にチェックしたが、今日に限ってなかなか進んでくれず、苛立たしい。悠里と一緒にいる時は、あんなにあっという間に時が過ぎるのに。
悠里からも奥田さんからも、何も連絡がなかった。もしかして、燃え上がってしまって二人で「デート」をしているのでは、とか、奥田さんが悠里に強引に迫って一線を超えていたらどうしよう、とか、悪い想像ばかりが浮かんでは消えていった。二人を信じて待つしかできない自分が、とてももどかしかった。
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