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15センチではないけれど 1
わたしの身長は154センチ。だから、5センチヒールを履いて、あなたとの“15センチ”を演出するの。
◆
ゼミ室の真ん中にある共用テーブルでパソコンを広げ、レポートを書いていると、ばーんとドアが勢いよく開く音がした。
「合コン行こうぜー」
部屋に響き渡るのは山下 啓一 くんの声だ。同級生の中で一番声がデカくてうるさい。身長もデカい。185センチあるそうだ。
――せっかく角巻 くんと二人きりだったのにな。
斜向かいに座る角巻健人くんに目をやると、顔をしかめながら立ち上がったところだった。マグカップを持っていたから、給湯室にコーヒーをいれに行くのだろう。
「健人、合コン付き合って」
山下くんが、すかさず角巻くんの肩に手を回すと、角巻くんは、すごく迷惑そうな顔をして、右手で眼鏡のずれをなおした。
「いやです。行きません」
角巻くんは身長が174センチだから、山下くんと一緒に並ぶと少し小さく見えてしまう。身長差は11センチ。悪くはない。でも惜しい。
「頼むよー。女の子たちと、健人連れてくって約束しちゃったんだからさ」
「勝手に約束しないでください。僕には恋人が――」
角巻くんが、一瞬やばいって顔をした。わたしがずっと見ていたからか、角巻くんと目が合ってしまう。とっさに、パソコンの陰に隠れるようにして俯いた。キーボードに手は置いているものの、ピクリとも動かない。
「え! いつの間に?」
山下くんがわたしと角巻くんを交互に見て、「なるほどなるほど」と言いながらニヤニヤしだした。さっき事故で目が合ってしまったのを、目配せと捉えたらしい。
「水臭いなぁー。俺には言ってくれよ。親友だろ?」
わたしの心臓がどきどきと音を立てている。
――角巻くんに恋人がいる? そんな気配、まったく感じなかったけど。もしかして、わたしが気づいてないだけで、わたしたちって付き合ってるのかな?
期待を込めて顔をそっと上げるが、角巻くんは山下くんしか見ていなかった。
「しん、ゆう……?」
かたん、と音がしそうなほどぎこちなく首を傾げる。
「初めて聞いた単語みたいな顔するなよ。傷つくなぁ……」
「まあまあ。そこまでにしなよ。さすがに彼女持ちの人は合コン行けないでしょー。代わりの人を見つけな。角巻くん、コーヒーいれるんでしょ? わたしも一緒に行っていい?」
「え? ああ、はい」
角巻くんは困惑した表情で私を見下ろしている。テーブルを回り込み、角巻くんの前に駆け寄る。
「山下くん、邪魔」
笑いながら、山下くんと角巻くんの間に滑り込んだ。
「夢乃 ちゃん。せっかく俺が健人と友情を育んでたのに邪魔しないでよー」
山下くんが体をくねらせる。
「はいはい」
「冷たっ!」
180センチ超えの山下くんの横に立つと、まるで小さな子供になったような錯覚に陥り、居心地が悪い。わたしは、反対側の角巻くんを見上げた。
15センチ。わたしが角巻くんの隣に並べば、完璧な身長差の出来上がりだ。とてもしっくりくる。
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