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15センチではないけれど 8
どきん、とした。わたしは今まで山下くんにときめいたことなんてないのに。わたしが好きなのは角巻くんなのに。これは、どんな感情?
慌てて山下くんの腕をつかんで、肩から下ろさせる。
「傷心中の女の子に漬け込むの良くないぞ」
冗談めかして言うと、山下くんが寂しそうに笑った。
「ごめん、そうだよな」
「待ってて」
山下くんがまばたきをしてわたしを見返した。
「今はまだ、山下くんのことをちゃんと考えられないから。角巻くんに振られたから山下くんに乗り換える、なんて、そんな気持ちで付き合うのは不誠実でしょ? だから、わたしが角巻くんへの恋心を完全に忘れられるまで、告白は待っててほしい」
山下くんは驚いた顔をして固まっていたけれど、やがて力が抜けたように笑って、ベンチに背中を預けた。
「はあ。ずるいなぁ、夢乃ちゃんは」
「ふふ、ほんとだね。わたしもそう思う」
温かい、と感じ、山下くんとわたしの体の間は、数センチしかあいていないことに気づいた。角巻くんは、わたしと幼稚園児一人分くらいの距離をとって座った。あの時に察するべきだった。好きなのはわたしだけだってこと。
痛くて、泣きたくなった。
「でもごめん。肩だけ貸してくれる?」
「いいよ」
軽い口調で返事されたので、頭を預けた。こつんと当たった山下くんの肩は、温かくわたしを迎え入れてくれた。
「あーあ、本当に好きだったのになあ……」
山下くんは何も言わずに、静かに隣にいてくれる。頭をなでられたりするのかなと思ったけど、本当に肩だけを貸してくれるつもりらしい。
「ていうか、全然気づかなかったんだけど。わたしのこと好きなの?」
「まあね」
「そうなんだ。ごめんね」
「謝るなよ。でもまあ、ちゃんと隠せてたなら良かった。だってさ、夢乃ちゃんと健人、二人並ぶと本当にベストカップルって感じなんだよ。二人には幸せになってもらいたかった。二人の幸せを願うことが俺の幸せなんだって思ってた」
叶わなかったけどな、と山下くんがため息をつく。
「幸せそうだったよ」
わたしが言うと、「え?」という困惑の声が上から降ってきた。
「飲み会中の角巻くん。一年生の方をじっと見て、微笑んでた。ああ、好きな子があの中にいるんだなぁって分かるくらいに、ゆるゆるの笑顔で」
「何それ、俺全然気づかなかったんだけど。健人ってそんな顔するの?」
「するみたい。私にも向けられたことないけど……」
一瞬、時間が止まったみたいに、二人の会話が途切れた。
「飲みますか」
山下くんの肩が揺れた。笑ったのか、ため息をついたのか、顔を見ていないわたしには分からなかった。
「そうだね」
体を起こして、山下くんに向き合う。山下くんが右手をグーの形にした。ビールジョッキを握るように親指を上にして、わたしに近づけてくるのを見て、意図を察した。
「お互い失恋中ってことで、乾杯!」
山下くんが高らかに言い、こぶしを空中でコツンとぶつけ合った。微笑む山下くんの優しい目を見て、何かが胸の中で弾けた。
(「15センチではないけれど」了)
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