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酒+シャンプー+ワイシャツ=愛 1

  ※ 「健人さん。俺、二十歳(はたち)の誕生日にお酒デビューしようと思うんだけど、付き合ってくれない?」  悠里のアパートのシンクで食器を洗っていると、悠里がじゃれるように僕の肩を後ろから抱いた。 「悠里ももう二十歳ですか。早いですね。出会った頃はこんなに小さかったのに」  スポンジを持った手を胸の辺りに当てて見せれば、悠里が耳元で不満げな声を上げた。 「出会った頃だって今と同じくらいの身長だよ! まあ、精神的には今よりも幼かったかもしれないけど……」  皿を水切りカゴに伏せ、エプロンのポケットから出したハンカチで手を拭きながら振り返る。想像通り唇を尖らせていたので、人差し指と親指でつまんだ。ふにっとした感触が心地いい。 「悠里は今でも、とてもかわいらしいですよ」 「すごく馬鹿にされてる気がする」  悠里が赤い顔を僕から背けた。 「誕生日に一緒に飲むのは良いのですが、僕でいいのですか? 悠里と飲みたい人はたくさんいるのでは?」  まっすぐ見つめられて、変なことを言ってしまったかとどぎまぎする。 「最初は健人さんとがいい。だって、健人さんなら俺が何しようと、ちゃんと介抱してくれそうだし。友だちだと放置されそう」  健人さんとがいい。その言葉に胸が焦がされた。 「……僕とだって、何かあるかもしれませんよ」  眼鏡を押し上げる。 「『何か』って? たとえば?」 「悠里が寝ているのをいいことに、脱がせてあれやこれや、とか……」  自分で言っていて恥ずかしくなってきた。悠里が笑いながら顔の前で手のひらを横に振った。 「いや、ないない。健人さんは、酒の勢いでそんなことする人じゃないよ」  ――信頼されているのは嬉しいけれど、信用されすぎているのも寂しいというかなんというか……。  再び眼鏡のフレームに触れる。無機質な触感が、少しずつ僕に平静を取り戻させてくれる。 「どこかお店を予約しますか?」 「いや。俺、飲んだらどうなるのか分からないから、外で飲むのは怖い」 「分かりました。じゃあ、今年の悠里の誕生日もうちでいいですか? ご飯とおつまみ、作りますよ」 「やったー! 楽しみ!」  悠里が両手を突き上げてから、力いっぱい抱きついてきた。

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