5 / 7

第5話

 あの日から、俺はスマホがもっと欲しくなった。 「ゴウキ!俺、絶対にバイト探す!」 「はぁ?どんなバイト探す気だよ」  いつもの公園のベンチで、ゴウキが怪訝そうな表情で言った。「はぁ?」と、ゴウキの口から漏れた息が白くなって俺の方に流れてくる。 最近、どんどん気温も下がってきた。  でも、ゴウキと公園に居る時は、寒いのなんてちっとも気にならない。むしろ、楽しくてあったかいくらいだ。 「たくさん稼げるのがいいなって思う。だって、スマホ欲しいし!」 「スマホなら、俺が貸してやってんだろ」 「そうだけど……」 確かに、ゴウキは最近当たり前のように俺にスマホを渡してくる。動画だって、俺一人で好きなのを見て良いって言ってくれた。 そう、一人で、だ。 でも、俺は前みたいにゴウキと一緒に動画を見たいのだ。一緒に音楽を聴くみたいに、体をくっつけて「ココ良いね」って話しながら。 なのに、俺が動画を見ている時、ゴウキはいつもぼんやりとしている。ゴウキも楽しそうじゃないと、全然意味がないのに。 だから最近、俺もハラムさんの動画を見ていない。 「……でも、欲しい」 「っは。今更スマホ持ったって、友達なんか出来ねぇからな」 「ちがう」 「何が?」  何故か、ゴウキがどんどん不機嫌になる。別に、俺は学校で友達が欲しいからスマホを手に入れたいワケではない。 「俺、ゴウキと好きな時に繋がりたいんだ」 「あ?繋が…は!?」 「うん。俺、夜に家に居ると、ゴウキと話したくなる」 「っ!」 俺の言葉に、ゴウキは物凄く驚いたような顔で俺の事を見ていた。いつもはキリッとした目が、ビックリする程大きく見開かれている。 「別にさ、何か用があるワケじゃないんだ。でも、ゴウキの声が聞きたいなぁって思う。アレだろ?みんな『今何してるー?』とかって、連絡し合うんだろ?俺、ゴウキとそれがやりたい」  友達同士が普通は何をするのか、俺はよく知らない。小学生の頃までは良かったけど、家が色々あって、中学に上がってからはずっと一人だったし。 「なぁ、あられ」 「ん?」  気付けば、ゴウキの顔が目の前にあった。 最近では遠くなっていたゴウキとの距離が、最初の頃みたいに近くなった。お互いの肩が触れる。それだけで、俺は嬉しかった。 「明日休みだろ。ウチに泊まっていけよ」 「いいの?」 「……今日、親帰ってこねぇから」 「そっかー!じゃあ行く!」 「塾、終わるの七時だから。……待ってろよ」 「うん!塾の前で待ってる!絶対!」  ゴウキが苦笑しながら、俺の頭を撫でてくれる。ゴウキが久々に頭を撫でてくれたのが嬉しくて、俺は顔が変に緩むのを止められなかった。 「あられ」 「なに?」 「バイト。面接受ける前に、俺に相談しろよ」 「なんで?」 「あられ。馬鹿だから、変なのに引っかかりそう」 「ゴウキって良い奴だなー」 「……良い奴なモンかよ」  頭を撫でていたゴウキの手が、俺のうなじまで下りて来た。 ゴウキの熱を帯びた指が、スルスルと俺のうなじを行ったり来たりする。ピリと背中に電気が走ったみたいなゾワゾワした感覚が、俺を襲う。 「ゴウキ?」 「……はぁっ、あられ」  ゴウキの真剣で熱い目が、俺の目の真正面にある。これは、いつもより近い。ゴウキの気だるげな熱い息が、俺の頬にかかる。ちょっと苦しそう。 俺、この顔知ってる。ハラムさんに突っ込む、タチの顔だ。 「……ごうき?」  じゃあ、俺は今、どんな顔をしているのだろう。 ゴウキの手が首筋から背中に下りてきた。今は、お尻のちょっと上。変な気分になってきた。このままだと勃、 ヴーヴーヴー 「っ!」  ヤバイと思った瞬間、ゴウキのスマホが勢いよく震えた。何か連絡が来たようだ。 「っち、誰だよ。クソが」  ゴウキはこっちが戸惑う程、イライラとしながらスマホを手に取ると、画面を見て更に眉を顰めた。 「どしたの?」 「母さん」 「何だって?」 「塾、絶対にサボるなよって。ウザ」  ゴウキは苛立たし気にスマホをポケットに仕舞うと、ベンチから勢いよく立ち上がった。 「ゴウキが、最近塾をサボるからだよ」 「……だって、行きたくねぇし」 「今日は行くの?」 「うん、夜。あられと居る時に電話とかかかってきたら嫌だし」 「そっか」  少し残念だった。もしかしたら、ゴウキは塾をサボってこのまま俺と居てくれるかもしれない、なんて期待してしまったからだ。 「あられ。金やるから。どっか店で待ってろ」 「いい!塾の前で待ってる!」 「あ?暇だろうが。金の事は気にすんなよ」 「んーん、いい!ゴウキの事考えてたらすぐだから!」 「う゛っ」  俺はゴウキと肩をくっつけて、塾まで歩いた。 「ここにいるからー!」と言って手を振った俺に、ゴウキは返事の代わりに片手を上げた。その後ろ姿に、先程の背筋がピリピリする感じが蘇ってくる。 ゴウキ、最近後ろ姿だけでも格好良い。

ともだちにシェアしよう!