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第2章 7
店を出た時、外はまだ明るかった。カラスの鳴き声が聞こえ、少し伸びた影が日没が近いことを知らせている。チカチカと灯り始める街灯をいくつも通り過ぎ、酔いを冷ますために近所の大きな公園を散歩する。
「ここ俺の散歩コース。気持ちいいんだよ、この公園」
夏野は先導するように歩き、そう言って振り返った。
「へぇー。俺、初めて来たかも。なぁ、散歩以外は普段何してんの?俺がいない間」
「色々。テレビ見たり、昼寝したり、筋トレしたり」
「……よく嫌になんないな。暇すぎて死にそう」
その感想に声を上げて笑うと、夏野は得意げな表情を見せた。
「それが結構飽きないんだよ。なぁ、幸村さん、いい場所に連れてってあげる」
大きな池に掛かる橋を越えて、芝生で覆われた広場を抜けて、夏野は迷うことなく歩き続ける。やがて足を止めた先には、数本の木々に囲まれて、ぽつんと佇むベンチがあった。緑の香りが立ち込める薄暗いその場所は、ジメジメと蒸し暑い夏の夜だというのに、どこかひんやりとした空気を纏っていた。
「昼間でも誰も来ないから、たまにここで昼寝してる」
「お前ほんとに猫みたいだな」
そこに腰掛けて、薄暗くなった空を見上げる夏野の横顔は、どこか切なそうな憂いを帯びている。
「幸村さん」
薄明かりの中でも透き通るような輝きを放つ琥珀色の瞳が幸村を見つめ、それからゆっくり弧を描いた。
「いつも俺のお世話してくれてありがと」
短いその一言が、幸村の心を強く揺さぶる。
――そうか。猫を飼いたくても飼えない俺のために、人間に化けて俺のところに来てくれたのか。
あり得ない妄想も、幻想的な雰囲気の中では不思議と現実味を帯びる。
「いい子だな、お前は」
柔らかな髪に触れると、夏野はくすぐったそうに身をよじった。
「触んな」
「撫でられるの嫌い?」
「好きじゃない」
嫌そうに目を伏せつつも、大人しくしている夏野の頭を撫で続けながら、幸村は自分を頼りにしてくれる存在への愛おしさを感じていた。
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