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第4話

「先生、怪我してるからやらないで! 僕がやるから、こっちに来てて!」 十和田の姿が朝から見えないなと思っていたら、庭に出て掃除をしているようだった。腕を怪我しているのに、お構いなしで動く姿を見て千輝は焦ってしまう。 「なんでお前はそんな心配ばっかりするんだ。それにほら、もう終わるぞ。これで見れるからな」 何が見れるのかわからず、また機嫌良く答えていることがなんだかよくわからない。それよりも、腕は大丈夫だろうか、包帯が解けている方が千輝は気になってしまう。 庭に降りて十和田の腕の包帯を巻き直そうとした。庭の掃除をしていたので、包帯も服も泥だらけになっているのが見える。 だけど、十和田はそのまま外に出ていこうとしている。なので慌てて止めた。 「ダメ。このままお風呂行ってください。 どこ行こうとしてるんですか!こんな泥だらけで外に出られないでしょ?庭の掃除も言ってくれればやったのに。腕にビニール巻いてお風呂入ってくださいよ」 グイグイと庭から押し出すようにして、お風呂まで連れて行く。十和田の行動は、驚くことが多い。 本人は機嫌良く生活しているようだが、買い物に行くと千輝が言うと、バイクを出すからちょっと遠くのスーパーまで行こうと言ったり、ひとりでふらっと出かけたなと思うと、重い荷物を抱えて帰ってきたりしている。目を離すとすぐに行動を起こしてしまう。 その都度、怪我が治るまでは大人しくしておいて下さいと何度も伝えている。 そう言うと「わかった」と張り切って答えるのだが、またすぐに怪我をしているのを忘れたかのように十和田は動き出す。 そのため、千輝がいつも目が離せないでいた。 小説の方は順調だと聞く。担当編集者がこの前来た時に言っていたから確かだと思う。これで小説が書けていないとなったらどうしようと思っていたが、そんな心配はないようだ。 しかし、いつ書いてるのだろうと思うほど千輝のそばに十和田はいつもいる。 「先生、何で朝から庭の掃除してたの?言ってくれればいいのに…」 シャワーを浴びて出てきた十和田を千輝がソファに座らせる。案の定、包帯は水浸しだ。ビニールを巻いてと伝えたが、上手く出来なかったのだろう。本人は多分、巻いたつもりだと思う。 新しい包帯と、病院で貰った消毒液を持ち出し、千輝が十和田の左腕を丁寧に拭いている。 「ほら、あれだぞ。今日の夜、星がダーって動くんだって言ってたじゃないか。千輝、見たいって言ってただろ?だから掃除して夜、庭に寝ながら見れるようにしたんだ。それにお前が庭掃除なんてしたら、日に焼けちゃうだろ」 十和田の左腕を掴みながら思い起こしてみる。そういえば、数日前テレビでそんな事を言っていたなと思い出す。確か、流星群が見れるのが今日だったんだっけとわかる。 「星を見るのに掃除してたんですね。びっくりしましたよ。そっか、じゃあ今日の夜、見れるかな」 そう、十和田が行動を起こす時は、大抵千輝が絡んでいることが多い。 「じゃあ、なんで泥だらけで外に行こうとしてたんですか?まだ朝早いのに」 「それは、下のパン屋で朝イチ並ばないと買えないパンがあるって言ってたろ?なんか、甘いパンだっけか?」 やっぱり、今日十和田が行動した理由も千輝だったかとわかる。もう何だかニヤけてしまい怒れなくなる。 ふらっと出かけて重い荷物を持って帰ってきたなと思うと、千輝が買いに行こうとしていたお米だったり、庭の掃除も、千輝が「見たいな」と呟いた流星群を見させるため、泥だらけで外出しようとしたのは、坂の下のパン屋に早く行かないと売り切れてしまうと思ったから。それも、千輝が「食べてみたいパンがある」って、この前話をしたからだった。 「お前が引き止めるからパン買えなかったぞ?いいのか?チャンスだったのに」 新しい包帯を巻き終えた。シャワーから出てきたばかりなので、髪もふいてあげている。千輝はニヤけた顔を戻すことは出来ず、十和田にありがとうと伝えた。 「いいんです。先生、ありがとうございます。パンは今度チャレンジしてみます。それより先生の腕の方が心配。大丈夫?」 腕なんて大丈夫だよとゲラゲラ笑っている。お互い、やり方は違っているけど心配し合っているのかもしれない。 夜になり、「星を見ようぜ」と言いながら、ベッドのシーツを十和田が庭に広げている。 部屋の電気も消し、真っ暗の中で庭に広げたシーツの上に二人で寝転がった。 星がいっぱい見える。 お月様は少し欠けていた。 「この星がこれから動くのか?」 「どうなんでしょう。流れ星みたいな感じで動くのかな。ワクワクしちゃいます。今日は月も見えますね。ちょっと欠けてる月だけど」 「そうだな。まん丸で、でかい月が見たいよな」 星が流れるまでの間、寝っ転がって話をする。隣同士、体温が感じるくらい近づいていた。夜の風が気持ちいい。 「俺さ、紅生姜の天ぷらって初めて食べたよ。感動した。すっげぇ美味い」 「だからって、最近そればっかりですよ。違うのも作れるのに」 「いや、俺は天ぷらは紅生姜でいい。これからずっとあれがいいな」 「本当に?蓮根だって美味しいし、舞茸なんて好きだなぁ。タケノコの天ぷらも美味しいですよ。これからは銀杏とか…」 「ええっ…マジか…天ぷらってすげぇな。 つうか、千輝、銀杏食べたい。銀杏の季節になったら天ぷらと日本酒でもいい?」 いつの間にか頭がコツンとぶつかり合っていた。横を向くとすぐにお互いの顔がある。真っ暗な夜でも月が出ているので、十和田と目が合うのがわかる。 季節が変わっても一緒にいたいなと、最近は特に強く思うようになった。でも、もうすぐ怪我は治るはず。千輝の胸にはチリッと痛みが走る。 十和田に心が惹かれていくのが止まらない。ぶっきらぼうで、荒っぽいところがあるくせに、千輝には優しい。 「あ、ほら、動いたぞ」 「本当だ。すごいですね。寝て見てるからすごくよく見える!」 楽しい。何をするのも二人ですると楽しいと思える。 その後も、星とは関係ない話をしながら流星群を二人で眺めていた。 少し肌寒くなってきた。 「先生、寒くない?大丈夫?」 「そろそろ中に入るか?夏の星空は明るいけど、秋の方が星空は綺麗に見えるんだと。空気が澄んでるからかな。また、秋になったらここで眺めるか」 「そうなんだ。またこうやって見たいな」 もうすぐ秋が近づいてくる。その頃には怪我は治っているはず。

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