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番外編
「俺の知らない関係があった」
車の後部座席で、窓の外を眺めながら鈴之典が呟いている。加賀鈴之典は恋愛小説家だ。
世間には顔を出すことをしていないから、関係者以外には加賀鈴之典のビジュアルを知られていない。
顔を出さない理由は二つ。
小説の内容と本人の見た目のギャップが激しいことがひとつ。
もうひとつは、鈴之典が恋愛をしたことがないからだ。顔出ししたら恋愛オンチがバレると本人は思っている。
加賀鈴之典のイメージを壊さないよう、本人は世間に配慮しているようだ。
工藤 大馳 は警察を退職して鈴之典の身辺警護を担当することになった。
そもそも小説家である鈴之典を警護する経緯は、十和田からの相談だ。
顔出ししていないにも関わらず、鈴之典が作家だと見当をつけてきた奴がいた。そいつは鈴之典にストーカー行為を繰り返し、現在エスカレートしてきている。
そもそもストーカーは、警察に相談してもまともに取り合ってくれない。鈴之典が身の危険を感じ、困っていると十和田の耳に話が入り、工藤まで相談があった。
偶然にも、警察を退職した工藤はその時、身辺警護の会社で新たに働いていたので、十和田からの依頼を簡単に引き受けた。
工藤が働いているこの会社は、表向き身辺警護をしているが、裏では警察と繋がっており、警察では手出しできないことを何でも依頼され、引き受けている。
やり方は、法に触れるギリギリを金で解決、または警察に引き渡すことだ。
とはいえ、今回の依頼はストーカー被害。警護しているだけなので、法に触れることなんてのは、まぁないだろう。簡単な仕事だと思う。
要は、さっさとストーカーを捕まえればいい。それでこの仕事も終了となる。
工藤は出版社のパーティーに、それとなく潜入もしてみた。関係者の顔を確認しておく必要もあり、もしかしたらそこに鈴之典をストーキングしている奴がいるかもしれないと、思ったからだ。
パーティーには工藤だけが出て、鈴之典は自宅で別の警護と共に待っていた。工藤がパーティーで隠し撮りした写真を、鈴之典に見てもらったが、特にストーカーになるような奴はいなかった。というか、鈴之典は、ほぼ関係者の顔を認識していなかった。
結局、出版社パーティーで会ったのは、十和田と千輝だけだった。身体の関係を持ったなと、二人を見てすぐにわかった。ニヤニヤとしたのを覚えている。あいつらは本当にわかりやすい。
十和田との合作である小説がヒットしても鈴之典はコメントだけ出している。本人が顔出しするのを嫌がっているからではあるが、ストーカー問題があるからでもあった。
鈴之典の代わりに十和田が率先して全てのメディアに出てくれている。鈴之典はそれについては十和田に感謝していると言っていた。十和田は、デリカシーは無いが律儀な男だ。
「なあ、大馳。聞いてる?十和田と千輝は今まで見たことない関係だったぞ?」
「そうか?よくいるバカップルじゃないか?若くないのにイチャイチャしやがって、タチ悪いよなぁ」
「お前の方がタチ悪いだろ!水商売の女しか付き合えないじゃないか。あいつらとは違うんじゃないか?」
「水商売の姉ちゃんを口説き落とせれば大したもんだろ」
こう言うと鈴之典は黙ってしまう。それは、恋愛経験がないからだとわかっている。
鈴之典は若い男をバイトとして雇い、デートをセッティングさせている。
その時の会話や心境を聞き出しそれを脚色し、小説として世に出しているようだ。それが世間では大ヒットとなる小説だから才能はあるんだろう。ただ、そのことは知る人は少ない。
「十和田があんな繊細な恋愛を書けるとは驚いた。俺は悔しい。あんなデリカシーが無い男だから絶対途中で降参すると思ったのに。それなのに、ほぼ手直しせず書き切ったんだ。だから十和田の好きになった人に会いたかった。指輪も花束も無くてプロポーズしたっていうから馬鹿にしてたけど、二人は結婚指輪を付けていたぞ。婚約指輪をすっ飛ばしてマリッジリングを付けることあるんだな。しかもあの十和田も指輪を付けてるから驚いた」
「婚約指輪なんて持ってない人もいっぱいいるんじゃないのか?多分あいつは、婚約指輪と結婚指輪の違いなんて、わかってないと思うぞ?指輪っつたら結婚指輪だって思って買ったんだろうよ。だけどまぁ、十和田は恋愛したことなかったからなぁ…女には不自由してなかったけど、今まで本気で好きになったことはなかったと思うぞ。だからお前が言う驚くってのもわかるよ。それで、千輝ちゃんと会ってみてどうだった?」
「会ってみて想像してたのと違った人だった。もっとこう…何にもひとりでは出来ない人かと思ってたけど違ったな。千輝は、十和田の横に寄り添ってるようで、実は十和田の先を歩いてるんじゃないか?だけど、話を聞いていくうちに十和田にも興味が出た。あの二人は何だろう…なぁ、また会いに行ってもいいか?」
「いいよ」と答えてあげた。
男だけど鈴之典の見た目はかわいらしいと工藤も思っている。なので、少し対応も甘くなってしまう。口は悪いけど。
「なあ、大馳。お前、さっき途中外に出ただろ?話してた奴は誰だ?」
見られていたのかと驚く。十和田にしか知られていないと思っていた。
「ああ、お前のストーカーかと思ったら違った。ついでにあの辺を調べてたんだ」
それは嘘だ。本当は千輝の元彼の姿が見えたから外に出て確認した。あいつは執行猶予付きで外に出てきたんだろう。
店から出てそいつを路地に連れてこんだ。そいつは刑事だった頃の工藤を覚えており、舌打ちをされた。
何してんだと聞いたら、千輝の姿を確認していたという。もう二度と来るなと言うとそいつは笑いながら、もう来れないんだと言った。最後に会いたかったんだと。
北海道に行って一からやり直すと言う。千輝には新しい男がいるのも知ってる、この前新しい男に威嚇されたと肩をすくめて言っていた。ただ、最後に千輝に会いたかっただけだと下を向き言っている男は、小さく見えた。
元彼という立ち位置のそいつと一緒にいたら千輝は売られていた。組織ぐるみで売春を生業としていたから、千輝を売られないよう、阻止しようと、わざと酷い振り方をしてそいつは千輝を守ったんだと工藤は知っている。
千輝に嫌われるように仕向けて、離れるように仕掛けたということも知っている。
哀れな男だ。
幸せそうで良かったと言っていた。売られないで良かった、俺があと少し頑張れば幸せに出来たかもと千輝のことを遠くから見ていた。好き過ぎて手を出せないってダサいよなと最後に捨て台詞を言っていた。
相当ダセェよと答えてやった。
千輝のカフェに戻った時、十和田とは目配せをしたが、他にはバレていないと思っていた。背を向けていたはずの鈴之典がわかっていたなんて、笑っちゃうくらい驚く。
鈴之典は聡いから、それ以上何も聞かなかった。
「大馳?大馳が女の子とデートしたらその内容も教えてくれる?」
「いいよ。でも今、俺は24時間お前の子守りだからデート出来ないんだ。それより、鈴。お前自身がデートした方がいいぞ?実践は大事だぞ?」
あははと大声で鈴之典が笑っている。
「俺は女の子にモテないもん。だからデートなんて無理無理。つうかさ、デートて何をどうするものなの?セックスまでするのがデートのはずじゃん。でも、セックスしたら終わりになっちゃうんだろ?どうせ」
「鈴…偏りすぎなんだよ。とりあえず家に帰って恋愛映画見ようぜ。それで研究しろよ」
わかったよと、言いながら後部座席の窓から外の景色を眺めている。
きっと、今も頭の中では小説を組み立てているんだろうなと、工藤はわかっていた。
「起こしてやるからちょっと寝てろ」
24時間警護体制にも慣れてきた。
鈴之典の扱いにも同じく慣れてきていた。
end
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