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第3話

 そんなお上品なお子さまの筆頭である筈の天音が、今、昼なおくらい木々の中をがしがし歩い行く。  やがて、ぽっかりとひらけた場所に出る。  丸く切り取られたような青い空。初夏の日射しがそこだけに降りそそいでいる。 「なんだ、ここ」 「いいでしょ、ここ。僕の秘密基地なんだ」  天音がにたりと笑う。その顔に俺は何か恐ろしいものを感じた。 「そ……だな」 「ここ誰も来ないんだ。僕が聖愛で一番自由でいられる場所 ── 君さぁ」  もう、そこには笑顔はなかった。 「気づいてたでしょ。」 「え、何?」  本当のことを言ったら取り返しのつかないことになるような気がして、どうにか誤魔化そうとしたが。眼が……。  天音の、自分のそれよりももっとずっと明るい茶色の瞳が、「言え」と圧をかける。そして、俺はそれに逆らえなかった。 「さっきも……だけど。お前、時々みんなの前にいる時と違う顔……するよな。無気力っていうか、無表情っていうか。それは見ると、いつもにこにこ笑っているのが嘘っぽく見える……そっちがお前の本当の顔なんじゃないかって……」  天音の視線を避け、ひとつひとつ考えながら言葉にする。そこまで言って、ちらっと顔を見ると、何か考え込んでいるようだった。 「ああ……やっぱり。なんか君には気づかれてるような気がしたんだよね。気をつけていたつもりなんだけど……」 「── でも」  俺は話を続ける意思を示した。ここまでは言わなくてもいいかと思ったが、真剣な顔をしている天音を見ていたら、訊いてみたくなったのだ。 「幼稚舎の頃は違ったような気がする。顔はしてなかった……。あんな子どものくせに、穏やか過ぎるとは思ってたけど。でも、もっと楽しそうな顔をしていたような? うーん。なんて言ったらいいのか、わからないけど」  そう言うと、天音は眼をまんまるにした。すごく驚いているようだ。 「君さぁ、僕のこと見すぎじゃなぁい?」 「え、そういうわけじゃないよ。ただ、お前目立ち過ぎるから。なんとなく眼に入ってくるだけ」    慌てて言い訳をしてみたが、逆に墓穴を掘ったような気もする。  くすくすと天音が笑う。見たことがないような、如何にも可笑しそうな笑い声。  ──── 可愛い。    一瞬浮上してきた感情にびっくりして、慌てて打ち消した。 「なんかねぇ。何もかもつまらなくなってきちゃって。── ほら、僕、何でも割りとできちゃうじゃない?」  ──── は? そんなことみんなの前で言ったことないよな? 「ピアノは ──ずっと、大好きだったけど、それすら色褪せてきて……」  今度はすごく寂しげな顔。今まで見たことがないような、ころころと変わる表情に眼が離せない。

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