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第5話

**  天音の弟 は 詩雨(しう) ── というらしい。  以来、彼の話題はその弟のことばかり。俺が聞いていようがいまいが、とにかく弟のことを話続ける。  毎日服を選び着替えさせ、髪も梳かしてあげる。親は忙しくて余り家におらず、家政婦さんが面倒をみている。学校を休んで傍にいたいくらいだ。    弟が初等部に入学式するまで、毎日のように言っていた。正直異常に感じるくらいの溺愛ぶりだ。  俺にも三つ下の弟がいるが、まったく天音には同感できない。  ちなみに、彼にはひとつ下の妹もいる。「生意気。可愛くない」そう言った切り、一度も話に出てこないのだが。  小五になった年の春。  聖愛の隣に天音の父親がカンナ音楽院を設立し、彼もまた籍をそちらに移した。  天音はこの年齢で、既にカンナ交響楽団に属し、コンサートでソロのピアノさえ演奏している。  移籍したことで聖愛にいる時間が少しだけ少なくなったが、基本的につき合い方は一緒だった。  弟が五歳になる年、彼もまたカンナ音楽院に通い始めた。その時俺たちは中等部に進級していた。 「僕もずいぶん天才だなんだと言われてきたけど、真実(ほんとう)の天才ってあのコことを言うんだろうな……」 「僕……ピアノを辞めることになるかもなぁ……」  そうぼんやりと言っていた通り、天音はまもなくピアノを辞め、ヴァイオリンに転向した。  どうして?と俺が訪ねると、 「あのコと競うことなんてできないよ。── 本気で競って負けるのは、僕だけど……あのコは僕相手に本気になれないだろ……あのコには気兼ねなく、ピアノに向き合って欲しいんだ」  そう寂しげに答えた。  彼がピアノを好きなのは解っている。本当は続けたいのだろう。  そうまでして弟を立てたい気持ちが俺には解らなかった。    何年つき合っても、天音は不思議な存在だった。 **  弟が聖愛の初等部に入学して来た。俺たちは中等部三年。  天音は休み時間になると、こっそり弟の様子を見に行く。俺もたまにつき合わされる。  遠目から見て髪の色も雰囲気も、天音とはだいぶ違う。お人形みたいに綺麗な子だが、余り笑わず友だちも少ないようだった。  ただ一人、クラスは違うようだが、いつも同じ男の子といるのを見かける。  俺たちのたまり場は、“聖愛の森”からカンナ音楽院の練習室へと変わった。何故なら、子どもたちの遊び場になってしまったからだ。  木の陰から彼らの様子を見た後、練習室へ移動するのが、放課後のルーティンとなった。

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