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第6話
練習室にやって来ると、天音はいつも熱心にヴァイオリンの練習をしている。
俺は音楽、特にクラシックのことはまるでわからないが、中学生のレベルではないことぐらいはわかる。
ヴァイオリンを弾く彼の表情は静かだ。嘘臭い笑顔でも、俺だけに見せてる裏の顔でもない。また別な顔。
何処か神々しささえ感じる。
──── 綺麗だ……。
そんな姿を見たくて、俺はいつもここに来ているのかも知れない。
「いつか、詩雨くんのピアノと演奏したいなぁ」
そう夢見るような顔で言う。
こうしてヴァイオリンを弾き続けるのもすべては弟の為。そんな気がした。
だが。
彼は本当にピアノを捨ててしまって良かったのか。
ここは防音完備の部屋。ピアノも置いてある。ここでなら誰にも知られずピアノを弾けるんじゃないか。
俺に聴かせる為だけに……弾いてくれてもいいんじゃないか?
弟への異常なまでの溺愛ぶりを黙って見守って、話を聞いてやってる俺に、少しぐらいご褒美をくれてもいいんじゃないのか?
年月を重ねるごとに、天音に対する気持ちが少しずつ変わっていくのを、俺は心の奥底で感じていた。
しかし、彼のピアノは、それ以降も聴くことはなかった。
**
聖愛の高等部を卒業し、天音はそのまま大学部へ。俺は国立大の医学部へと入学した。
桂川医院は、大正時代から続く医院だった。小さな医院は年月を経て、次第に大きくなる。代々直系とその親戚筋から優秀な医師が輩出され、桂川医院に貢献していた。
俺はその直系に当たる家の次男だ。医師になった暁には、ここに勤務することになる。それは、五つ上の兄も、三つ下の弟も同様で、桂川の子どもは、皆医師になることが暗黙の了解とされている。
桂川医院は中規模のごく普通の地域に密着した病院ではあるが、実は特異な性質を持っている。それはこの桂川医院の陰の部分だ。
**
「髪をね、紅い組紐で毎日結んでいくようになったんだ。あれって、冬馬 くんから貰ったものなんだよね」
「詩雨くんは、冬馬くんに友だち以上の感情を持っているような気がする……」
「二人だけで別荘にいる間に、何かあったみたいなんだよねぇ」
「なんか、急に大人っぽくなったみたいで」
「冬馬くんの傍に詩雨くん以外のコがいるんだ」
「詩雨くんが……すごく辛いそうにしてる」
「許せないよねぇ」
**
天音は大学を卒業すると、カンナ交響楽団の中枢を担った。
若手の楽団員を率いたコンサートの企画とコンダクター。本来の楽団のコンサートでは、コンサートマスターの位置。
作曲家としても活動していて、楽団だけではなく他への楽曲提供もしている。
とにかく華々しい活躍ぶりだ。
学生時代とは違い、常に上質で洗練された服を身につけ、より華のある姿形になった。
俺はといえば、六年間の医学課程を終え、国家試験一発合格。五年の研修期間後、現在桂川医院に勤務している。
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