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第8話

 俺は廊下の長椅子に座っている天音、それから弟にそれを伝えた。  久しぶりに会う“詩雨”。最後に会ったのは、例のクリスマスパーティーの時。彼は高校生だった。大人の男性になったが、やはり綺麗なままだった。  こうして並んでいるのを見ると二人は似ていて、血の絆を感じた。  寄り添って気遣う天音。溺愛ぶりを間近で見て、俺は暗い気持ちになる。  彼らは夜明けを待ち、姿を消したという“冬馬”の行方を追った。 **  二日後の夜。  本日の業務を終え、そろそろ敷地内の寮に戻ろうかと思った頃、外科の執務室のドアをトントンと叩く音がした。  今は俺以外誰もいない。 「どうぞ」  声をかけると、静かに引き戸が開く。 「 ── 天音」  何の前触れもなく天音が現れた。連絡もなしにということもあるが、病院に来ること自体が珍しく、俺はかなり驚いた。  二日前のことと関係があるのだろうかと、なんとなく思った。 「四季、まだ仕事?」 「いや、もう終わりだけど」 「じゃあ、ちょっと時間貰える?」  いつもの何を考えているのか笑顔もなく、何処か沈んだ様子だった。 「……わかった」  病院の徒歩圏内に桂川の本宅はある。  しかし、俺は敷地内の寮に寝泊まりしている。寮といっても、ホテルのレストラン並に美味しい食堂や、屋上には大浴場と温水プールが完備されているという充実ぶりだ。  一人に一部屋を宛がわられ、かなり快適だ。  いつ何があるかわからない。ここならすぐに戻ることができる。寮に帰る時にはいつも必ず、ナースステーションに「何かあったら呼んで」と声をかけている。  **  俺はマグカップをふたつ持ってリビングに戻った。  ひとつは自分用のブラックコーヒー。もうひとつは天音用のカフェオレ、しかもめちゃめちゃ甘くしてある。  この長い年月で天音の好みも熟知していた。外面のいい天音は、相手を不快にさせないよう、何でもにこにこ笑いながら食すが、実は好き嫌いもけっこうある。嫌いな食べ物に遭遇した時の、誰も気づかない微妙な表情すら判るようになってしまっていた。  二人掛けのソファに座っている天音にマグカップを渡す。 「ありがとう」  甘いカフェオレをひと口飲むと、彼はほっと肩の力を抜いた。  まだ立ったままの俺を見上げ、 「お酒飲んだりしないんだ?」  少しからかうように言う。 「いつ呼び出されるか分からないから」  俺は肩を竦めた。 「相変わらず真面目だなぁ」  ふふっと柔らかく微笑む。弟の話をする時にたまにするような、そんな優しげな表情。  俺自身に対してすることはほとんどなく、何故だかどくんと心臓が大きく波打った。

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