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第9話
「お前が飲みたいなら出そうか?」
「ううん。僕もこれでいいよ。今飲んだら悪酔いしそう」
やはりいろいろと疲れが溜まっているのだろうか。
俺は天音の隣に座った。黙ってコーヒーを飲みながら、彼が話しだすのを待った。しかし、一向に話す気配がない。ふたりでいる時はほとんど天音の独壇場で、こうやってずっと黙っているのは珍しい。
「用って……?」
仕方なく話だし易いように促してやる。
「あ……うん」
少し考えるような素振りをして、やっと口を開く。やはりいつもの調子ではない。
「一昨日 は、あの男 助けてくれてありがとう」
あの運ばれて来た男のことか。これが本当に彼の言いたいことなのだろうか。
「医者として当然のことだ。それに、お前が礼を言うことじゃないよな?彼奴お前とは何の関わりもない男なんだろ」
「 ── そうなんだよねぇ。僕にも詩雨くんにも何の関係もない男。でも、この事件が外部に漏れると、詩雨くんも傷つくんだ」
──── 本音は、こっちか。また、弟のこと……。
天音が真実感謝を現した ── 桂川医院の影の部分。それは、大正の頃から受け継がれてきた、上流階級の人々の秘密を隠すこと。
表沙汰にしたくない事件や事故での治療はもちろん、それだけではなくただ身を隠したい場合も請け負う。
そういった特別病棟がある。
医師看護師にしてもほぼ一族で賄い、秘密保持を徹底する。本来ならもっと大規模な病院でもおかしくない資産も人材も揃っているが、中規模で納めているのは、余り目立たせたくない為だ。
**
「探し人は見つかった?」
「まだ……でも、時間の問題。それなのに、何故か詩雨はあの“ふたり”は生きていないと思い込んでいる ── そう思いたいんだろうね。それ程彼は傷ついてる……このまま、冬馬くんのこと忘れてくれちゃってもいい。そうだねぇ ── “ふたり” とも二度と姿を現さないで欲しいな」
口調はきつく、美しい顔を歪ませている。
俺はぶるっと身を震わせた。
それ程弟のことを想っているのだ、この男は。
俺の心の内で、もやもやは、黒くどろどろとしたものに変化していく。
「四季に何かお礼したいなぁ……」
ふっと声も表情も和らげる。
「欲しいものとかある?それとも何か奢ろうか?前の時は何も返さなかったよね。その分も含めて」
それを聞いて俺は考えた。
欲しいものは自分で買うし、食事といってもなかなか時間も合わない。
──── ほしいもの……。
もう一度頭の中で反芻する。
そして、ふと、浮かんだ言葉。
「じゃあ……お前……」
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